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パシフィックコンサルタンツを創った人々
パシフィックコンサルタンツ発展の礎となった先人達をご紹介。
フランク・ロイド・ライト (1867~1959)
低迷を克服した近代建築の世界的巨匠
近代建築の三大巨匠の一人。モダニズムの流れをくみ、幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴である。浮世絵の収集、親日家でも知られ、日本近代建築の発展にも寄与した。
1917年(大正6年)、フランク・ロイド・ライトは、帝国ホテルの新館設計のため、アシスタントのアントニン・レーモンドと来日。
弊社の創業に大きく貢献した白石多士良とアントニン・レーモンドは、以来家族ぐるみの親交を深めた。
弊社誕生の影には、日米の技術者の友情を育むきっかけとなった世界的建築家 フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルの設計があった。
ああ、あの日本人の職人達といったら!なんと彼らは頭が良い人たちだったろうか、そして何という器用で勤勉な人たちだったことだろう。だから、前もって考えられた施工方法を実行しようとして職人にわれわれのやり方を押しつけて、かえってこの貴重な人間的な宝を浪費してしまう代わりに、私どもは彼らから学び、そして彼らと共に彼らのやり方で喜んで物事をすすめたのであった。
混乱状態のごとくに見えていた現場の中に建物の姿が現れ始めると、職人たちはこれに対する興味を深めてゆくのだった。建物のある面が完成して目に見えるようになってくると、職人たちがそちこちに集まって理解をもってそれを感心したり、また批評したりしているのを見るのは珍しいことではなかった。そこには温かい関心と深い喜びがあった。これは、当時のアメリカの建築業界では見られなかったことであり、日本人の労働者の仕事に対する興味と喜び、その誠実さを証明するものであった。
西洋の新しい未知の生活を全く無分別に受け入れるのをやめて、精神的にも健全な美しい日本人の生活を活かしながら、かつそのパターンだけを合わせてゆくことができれば、彼らが失うものをより少なくすることができると私は考えた。
(●オルギヴァンナ・L・ライト著/遠藤楽訳 『ライトの生涯』 彰国社刊)
F.L.ライトが残した実績
帝国ホテル新館(ライト館)
石材から調度品へのこだわり、画期的な耐震耐火構造など、ライトは精魂を注いて設計し、「世界一美しいホテル」と言われた。
後に弟子であるアントニン・レーモンドは、「商業主義に犯されずに建てられた世界で唯一のホテル」と評価している。
関東大震災(ホテルの全館開館記念式典の日(1923年9月1日)=関東大震災当日)でもほとんど無傷で変わらぬ雄姿を見せ、震災で傷ついた日本人に希望を与えた。
※ライト設計の帝国ホテル旧館は、現在は建て替えられおり、旧館の赤煉瓦造りの一部が明治村に移され、保存されている。
F.L.ライト プロフィール
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ウィスコンシン州リッチランド・センターで生まれる
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ウィスコンシン大学土木科入学
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シカゴのJ・L・シルスビー事務所で働く
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シカゴのシーラービルに自分の事務所を開く
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施主と共に最初の日本訪問旅行。浮世絵等収集
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ウィスコンシン州の農地に設計室を建て、タリアセンと命名
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帝国ホテル設計のため、アントニン・レーモンドと来日
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帝国ホテル完成、関東大地震
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関東大震災にも帝国ホテルは無傷で耐える
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タリアセン・フェローシップ創設
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落水荘
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アリゾナ州フェニックスにて死去(満91歳)
※●オルギヴァンナ・L・ライト著/遠藤楽訳
『ライトの生涯』
彰国社刊より作成