海外の新たな
プロジェクト獲得へ

国際事業分野

オベディ デニス
Onek Denis Obedi

都市環境学部
都市環境学科
2011年卒

自動車、冷蔵庫、テレビ、パソコン……。私は高校生まで、母国・ウガンダで多くの日本製品に囲まれて生活していました。また、建設や土木関係の仕事をめざしていた私にとって、青函トンネルや明石大橋をつくりあげた日本は、まさに“世界をリードする技術大国”というイメージ。文化も言葉もウガンダとはまったく違いますが、だからこそ挑戦しがいがあると思い、高校卒業後、日本への留学を決意しました。私は越える壁が高ければ高いほど、燃えるタイプなんです(笑)。まずは、東京で一年間日本語を勉強し、翌年から福島県の高等専門学校で建設環境工学を勉強しました。その後、東京の大学に編入し、鋼・コンクリート構造物の材料や設計技術はもちろん、社会における環境汚染対策、都市計画などの建設・土木に関するありとあらゆる技術を学びました。そして、就職活動が本格化する中、大学で学んだ建設・土木の知識を総合的に活かすことができる建設コンサルタントの職に就きたい、よりレベルの高い環境で働きたいという思いが募りました。そんな視点で企業選びを進め、出合ったのがパシフィックコンサルタンツ。当時、私が通う大学に非常勤講師として勤務していた当社の社員の方から、仕事について詳しく話を聞くことができ、自由に働ける雰囲気を感じたことも、入社を決めた大きな理由のひとつです。

パシコンは
憧れの日本で
働く挑戦の舞台

入社後は、さまざまな部署で経験を積みました。まずは交通基盤事業本部の鉄道部に配属となり、ここで、地下建造物の設計技術の基本をOJTで学びました。その半年後、構造物の複合技術室へ。この部署では、橋梁設計法に関する検討業務などに携わり、今度は構造部の橋梁設計室に異動。 橋梁を中心に設計の大枠を決める予備設計から、詳細設計、耐震補強設計や補修設計など、専門性が問われる仕事が多く、キャリアを重ねるたびに大型建造物の設計についての知識やスキルを深化させていきました。一方で、建設・土木分野のジェネラリストをめざしたいと考えていた私は、多視点から物事を捉えられるように、知識の幅を広げたいと思い始めました。そして2014年に1年間休職し、イギリス・ロンドンの大学院で「都市計画と持続可能開発」をテーマに学びました。社会人の身でありながらもう一度大学で学ぶことは勇気のいる選択でした。しかし、それでも実行に移せたのは社員の「やりたい!」という意欲を尊重してくれる土壌が、パシフィックコンサルタンツにあったから。修士号を取得し、専門技術者として一回り大きく成長して、2015年1 0月から国際事業本部交通鉄道プロジェクト部で働きはじめました。現在の私の主なミッションは、海外の鉄道プロジェクトに対して企画を提案し、受注に繋げ、設計等を担当すること。クライアントはJICAや海外の国の機関など、つくる構造物もお客さまもビッグです。特に鉄道は街と街をつなげるものなので、その街の経済や観光、自然環境や人々の暮らしにまで影響を与えます。都市基盤環境における構造物の深い知識と、街全体を捉える広い視野を持って、自分のアイディアを実現させていきたいと思います。

知識の幅を
広めるために
社会人留学を決断

大型建設プロジェクトは一般的に、各分野の専門家が次々とバトンを回すようにしてつくりあげます。でも、私は「計画も設計もできる建設コンサルタント」として、企画立案から、計画、設計、さらに施工管理まで、トータルに関わりたいと考えています。いわば究極のプロジェクトマネージャーです。懐が深く、企業として確かな地盤を持つパシフィックコンサルタンツだからこそ、実現できるチャンスがあるのではないかと考えています。いわゆる“一般的”な働き方ではないかもしれませんが、常識にとらわれず、学生時代からの変わらぬ冒険心を胸に、自分の理想に向かって歩んでいきたいと思います。

この記事は平成28年に作成されました。

めざすは究極の
プロジェクト
マネージャー

この記事は平成28年に作成されました。