アメリカが主導するアルテミス計画を中心に、中国やインドなど各国の月探査活動が活発化しています。日本でもアルテミス計画への参画をはじめ、産学官一体でさまざまな取り組みが進んでおり、パシフィックコンサルタンツでもプロジェクトチームを組成し、月面インフラ構築に関する技術開発に取り組んでいます。プロジェクトを牽引する国土基盤事業本部 港湾部 港湾設計室の宮下健一朗、同地盤技術部の山本隆広、交通基盤事業本部 道路部 道路プロジェクト室の坂田知己、同道路推進室の西村秀、北海道支社 交通基盤事業部 道路室の水島弘人、社会イノベーション事業本部 総合プロジェクト部 エリア価値創生室の坂井健一、門倉多郎の7人に月面でのインフラ建設について聞きました。
INDEX
- 世界各国で活発化する月面活動
- アルテミス計画の一翼を担う日本
- 日本独自の月面探査への取り組みも進む
- 水を求めてクレーターへ - 月面道路整備の重要性 -
- すべてのインフラ建設の前提となる土木設計法
- パシフィックコンサルタンツの取り組み
世界各国で活発化する月面活動
月面開発の先頭を走るのはアメリカ航空宇宙局(NASA)が主導するアルテミス計画です。NASAは1961年に着手したアポロ計画で、1969年以降、6回の着陸で12人を月面に送りましたが、1972年の計画終了から現在までの54年間、月に降り立った人はいません。NASAが再び月を目指すことにしたのは第一次トランプ政権が誕生した2017年のことです。
アルテミス計画は月探査の総合的なプログラムで、月面に人を送り、拠点を構築して持続的な活動を展開するとともに、将来の火星探査の足がかりにしようというものです。2026年4月にはアメリカとカナダの4人の宇宙飛行士を乗せた有人の月周回飛行が行われましたが、これもその一環でした。現在、有人の月面着陸が2028年に計画されています。
また、インドも2023年に無人探査機の月面着陸を成功させました。さらに2013年に無人探査機の着陸に成功していた中国も、2024年6月には世界初となる月の裏側からのサンプル採取に成功するなど、世界各国で月面活動が本格化しています。
アルテミス計画の一翼を担う日本
日本も2020年に「我が国の有人宇宙探査に関する考え方について」を取りまとめ「優位性の高い技術や今後の波及効果が大きい基盤技術の獲得を進めるとともに、スタートアップや非宇宙産業を含む多様な民間企業や異分野の研究者の参画拡大」を図ることとして、積極的な取り組みを行っています。また、アルテミス計画にも参画し、2020年10月には、すべての計画は平和目的のために行われることなどを明確にした「アルテミス合意」にサインするとともに、インド宇宙研究機関(ISRO)との国際共同ミッションである月極域探査機プロジェクト(LUPEX)や、月面上の長距離の移動を可能にする有人与圧ローバーの開発などを担っています。

特に有人与圧ローバーは月面における長距離の移動機能と居住機能を備えたモビリティとして大きな期待が寄せられているもので、2024年4月に日本の文部科学大臣とNASA長官の間で、アルテミス計画における国際パートナーの協力としては初めて「与圧ローバーによる月面探査の実施取り決め」が合意されました。またこの合意では、日本からの与圧ローバーの提供だけでなく、アメリカによる日本人宇宙飛行士の2回の月面着陸の提供も取り決められ、合意時の共同声明では「日本人が月面に着陸する初の非米国人になる」という共通目標が謳われています。

日本独自の月面探査への取り組みも進む
日本の月面探査に向けた取り組みはアルテミス計画への参画だけではありません。そのひとつが、精度の高い月面着陸技術の確立に関するものです。月面ではまだ長距離の移動を想定することが難しいことから、着陸地点は日照条件が良く障害物が少ない、水などの資源や科学的に価値の高い地質・岩石が近くに存在する、など、好条件の場所にピンポイントで降り立つことが必要です。日本は2024 年1月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型月着陸実証機(SLIM)が月面において世界初となる100m 精度のピンポイント着陸に成功。また、着陸後も過酷な温度環境となる夜を越えて運用を継続する「越夜」にも成功しました。これらは今後の月探査において極めて有用性の高い技術といわれています。

水を求めてクレーターへ - 月面道路整備の重要性 -
アポロ計画は人類が月に降り立つことが大きな目的であり、研究用サンプルとしてレゴリスと呼ばれる月表面を覆う細かい砂を持ち帰ることができました。しかしそれから半世紀を経た今、月面活動のステージは上がり、人が長期滞在しながらさまざまな月面活動や開発を行うことが考えられています。それを支えるものとして重要視されているのが、有人与圧ローバーであり、そして水の確保です。
これまでの観測で、太陽光が当たらない月の極域には氷が存在するとみられています。これを採取することで、飲料水や生活用水として利用できるだけでなく、電気分解すれば水素と酸素を得ることができます。その結果、酸素は生命維持やロケット等を推進させるための燃料の酸化剤として、水素は燃料として活用することが可能になります。
生命維持に必要な水や酸素は、再生型の環境制御・生命維持システム( ECLSS : Environmental Control and Life Support System)による循環利用が基本となりますが、長期の月面活動を地球からの補給に頼らず安定して進めるためには、水資源の確保と活用が欠かせません。そのためにまず必要となるのが、ローバーが走ることができる道路です。極域のクレーターの底にあるとみられる氷を取りに行くためには、掘削機械を運ぶ必要があります。また、確保した氷を運ぶために、ローバーがクレーターの縁から直線距離にして約4,000m、勾配25%~35%という急な地形を下り、再び上ってこなければなりません。勾配の急なところは、盛土・切土などをしながら道路を整備する必要性も想定されます。1回走るだけでなく何度も往復することから耐久性も求められ、ローバーが走ったときに、どのくらい地盤が変形するのか、曲がるときにどのくらいの遠心力がかかるのか、そもそもレゴリスはどのくらいの深さまで堆積していて、その変形・強度特性はどのようなものか。そして、どうすればそれを締め固めることができるのか――こうしたことを解明しなければ、ルート選定も設計もできません。
さらに、水や氷から燃料を生成するためには、少なくとも燃料生成プラントと発電・送電システムが必要です。それと同時に、オペレーションを担う人間が滞在するための居住環境も整備しなければなりません。また、ロケットが離着陸しやすい場所の選定が必要ですが、当然その周辺には地表面を覆うレゴリス等が飛散するため、それとの適度な離隔を確保しなければなりません。さらに、長期間にわたる段階的な拠点拡張を視野に入れながら諸施設を最適な位置に配置していくことも求められます。月の地表面は、風雨により起伏が緩和された地球の地表面とは異なり、隕石衝突により形成されたクレーターや急峻な斜面が数多く存在するため、起伏が激しく複雑な地形となっています。このような環境下において、月面拠点の配置と、それらを接続する道路線形・ルートの両面から最適化を図ることが重要になります。
すべてのインフラ建設の前提となる土木設計法
単に月面に降り立つだけでなく、水の採取・活用をはじめとするさまざまな月面活動を想定し、それらを支える道路や構造物の開発・設計を進めることが求められている今、地球上におけるインフラ整備と同様、地盤や地質に関する調査と、それを前提とした土木設計法の解明が欠かせません。この分野はあまり注目されてこなかったのですが、月面で何かをしようと思えば、必ず土木に関する月面独自の要素技術の開発が前提となります。
こうした月面における土木技術の開発の重要性に改めて注目したのが、立命館大学の宇宙地球探査研究センターでした。同センターは、月面インフラ構築に資する要素技術として「月面拠点建設を実現するための測量・地盤調査技術の確立」を目指す研究プロジェクト(研究代表者:小林泰三)を構想。2025年10月に宇宙戦略基金事業※に採択されました。

画像提供:立命館大学
具体的には「月面での建設施工や資源開発に必要な高精度の地形データを取得するとともに、レゴリスの土質特性や地層構造を把握するための『測量・地盤調査システム』の開発を進めています。さらに、整地や造成、道路建設、地盤改良といった土木構造物の設計体系を確立し、月面基地建設の実現」に貢献することを目指すものです。この事業には代表機関である立命館大学のもと、芝浦工業大学、慶應義塾大学、さらにパシフィックコンサルタンツ株式会社、株式会社小松製作所、鹿島建設株式会社など民間企業を含む合計9機関が連携。この中で当社は「月面土木設計法」の開発を担当しています。2030年頃の月面実証に向けた開発が各機関で進められています。
※ 宇宙戦略基金:国の4府省(内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省)が連携してJAXAに設置。複数年度(最大10年間)にわたって民間企業や大学の宇宙分野の先端技術開発、技術実証、商業化を支援する。
パシフィックコンサルタンツの取り組み
総合建設コンサルタントとして唯一、立命館大学のプロジェクトに参加している当社にとっても、宇宙は未知のフィールドです。しかし道路の設計や施工などに求められる基本的な考え方は、地球上でも月面でも共通する部分があります。現在は、
①月面での地盤リスクを考慮した拠点間ルートの自動選定手法の開発
②月面の低重力環境に適した道路幾何構造の提案
③レゴリスの土質特性を表現できる地盤解析技術の開発
の3つのテーマに取り組んでいます。これらの研究開発を通じて、月面における土木設計法を構築し、その成果を"月面土木設計マニュアル"として体系化することを目標としています。プロジェクトチームには地盤や道路の専門技術者はもちろん、都市計画や建築の技術者も加わり、月面土木設計法の開発だけでなく、着陸区、居住区、燃料製造区、そして採掘区といった拠点の概念的な配置計画を含め、月面開発の実現に向けた検討を進めています。
立命館大学のプロジェクトに先立ち、当社は国土交通省と文部科学省が連携して推進している「宇宙無人建設革新技術開発」事業において、2024年に「地上の施工技術を適用した月面拠点建設の条件類検討業務」を受託。月面での土工設計についての情報収集や概念設計にいち早く取り組んできました。また、2025年には月面開発に欠かせない高頻度な宇宙輸送サービスを支える次世代型宇宙港(NSP:New Space Port)の在り方を検討するワーキンググループにも参画しています。内閣府による調査事業「宇宙輸送技術に関する規格化・標準化の在り方に関する調査」を共同で受託し、月面活動のみならず地上と宇宙空間を一体として活用した宇宙輸送技術やサービスの革新・創造に取り組んでいます。
これからも当社は「未来をプロデュースする」というビジョンのもと、月面における土木設計法の開発を通じて日本の産学官一体の宇宙開発を支えていきます。