2007年の「観光立国推進基本法」の施行や翌年の観光庁設立を機に、観光振興のためのさまざまな取り組みが続けられています。その一つが観光入込客統計の整備。観光のみならずまちづくりや防災などの施策にも関わる指標となるものですが、その取りまとめが自治体の大きな負担となっているだけでなく、数字の精度が低く活用につながりにくいという現状があります。そこで注目されているのが人流データ。観光庁も利用を認めたことから全国各地で導入が始まっています。人流データとはどのようなもので、導入で何が変わるのか。デジタルサービス事業本部 DX事業推進部の今井健吾と保多勇輝に話を聞きました。
INDEX
観光入込客統計の課題
観光入込客統計は、地域ごとに用語の定義や調査方法にばらつきがあったことから、観光庁は発足間もない2009年12月に調査対象となる観光地点の選定方法や調査方法、パラメータ調査の実施方法などを共通基準として定め、これに基づいて四半期ごと及び年間値としてデータをまとめることを自治体に求めました。市町村が自地域への観光目的の入込客数を、選定した観光拠点ごとに日本人観光客(日帰り客と宿泊客、県内客と県外客の4区分)と訪日外国人(日帰り客と宿泊客の2区分)について調査。さらにパラメータ調査として、細かく対象を絞ってアンケート調査などを行い、その集計結果を都道府県に報告。都道府県が取りまとめて国に示すことになっています。
しかし、市町村の現場では調査を負担に受け止めているところが少なくありません。現行の調査は、多くの手間や費用がかかるわりに、収集される数字の精度が低く、次の施策につながるものとして活用することが難しいからです。
そもそもこの調査は、観光拠点側に数字の報告やアンケ―トへの回答を求めるものですが、データ提供側にほとんどメリットがありません。そのため提供される数字ごとに集計方法が異なる場合があり、データ品質の均一化が課題となっています。さらに数字を整理する段階では、例えば複数の拠点を訪れた延べ人数を実人数に変換するといったことが欠かせませんが、その手法はばらばらであり、しかも手作業による積み上げ式であることから入力や集計のミスも避けられません。
また、訪日外国人観光客(インバウンド)については、データの精度がさらに低くなります。宿泊施設であればパスポートのチェックによって国別の宿泊客数が把握できますが、各観光拠点においては、施設側が属性把握に向けた積極的な収集施策を講じない限り、詳細なデータの取得は難しいのが現状です。
人流データの活用が調査の効率化と精度向上に貢献
そこで検討されてきたのが、民間企業の持つ人流データの活用です。
人流データと呼ばれるのは、人の移動や流れを記録した情報のことを言います。「いつ・どこに・どんな人が・何人いるか」を数値化して、定量的に把握することが可能です。主にスマートフォンなどの携帯デバイスから取得される位置情報データ等を活用し、基地局との交信データ、あるいは地図や天気予報、身近な飲食店の検索などGPS機能を使うアプリ利用時のログなどをもとに、許諾を得た上で個人情報を秘匿化して収集されるものです。この位置情報をもとに、人数や人の属性を、任意の図形で切り取って指定した市町村や観光拠点の単位で把握したり、どういう手段でどこからどこに移動したかという動態を把握することもできます。また、このデータは自動的に収集できるので、従来のような人手による各施設からの聞き取りや、入力・集計、積み上げの必要がなく、効率的に精度の高い情報が手に入ります。
観光庁も人流データの有効性を認め、従来の「観光入込客統計に関する共通基準調査要領」を2023年に改定、「人流データによる観光入込客数の把握」を可能とすることを明記しました。
従来調査と人流データ活用の主な違い
| 従来の調査 | 人流データ | |
| 取得方法 | 人手をかけて個別に取得 | スマートフォンの位置情報から一斉取得 |
| 対象期間 | 調査日のみ | 任意期間(過去に遡ることも可) |
| 時間・手間 | 手作業で集計に時間を要する | 自動集計で迅速 |
| 入手できる情報 | 観光入込客数・宿泊客数が中心 | 観光入込客数・宿泊客数のほか、滞在期間・周遊動向・交通手段等も入手可能 |
人流データで変わる観光やまちづくり施策
人流データは自地域内の観光客の動態が詳しく見えるので、エビデンスに基づくさまざまな施策立案が可能になります。例えば、来訪や消費促進のマーケティングや訴求対象を絞り込んだ効果的なプロモーションの検討です。あるいは、観光客の実態に合わせた周遊の促進や二次交通の確保。空港を持つ自治体であれば、来訪客の出発国・地域別の入込客数に基づいたエアラインの誘致への活用もできるでしょう。また、イベントの効果測定、オーバーツーリズムの緩和策の検討など、観光分野におけるさまざまな施策につなげることができます。
同じインバウンドでもアジア系と欧米系では訪問先やその時間帯、滞在時間・日数などに違いがみられることがよくあります。例えば、東アジア系の人々は夕方から夜にかけての時間帯にアクティブで、欧米系は昼間の時間帯にアクティブである、という傾向が明らかになれば、閉店時間の延長や多言語対応を進めることで、東アジア系の消費をさらに活発にするといった施策も考えられます。また、人流の把握を、まちづくりや避難誘導計画の立案など防災・減災のための施策に活かすこともできます。自地域をどういう方向で活性化させて行くのか、人流データで浮かび上がってくるものとの対話は、次の観光施策やまちづくり施策の検討に多くのヒントをもたらしてくれます。
人流データの活用で可能になること(観光分野)

パシフィックコンサルタンツができること
コロナ禍以前から人流データの可能性に注目してきたパシフィックコンサルタンツでは、2020年12月にソフトバンク株式会社との共創で人流統計データサービス「全国うごき統計」をリリースしました(ソフトバンク株式会社よりサービス提供)。このサービスは同社の携帯電話基地局から得られる数千万台にのぼるデータをもとに、パシフィックコンサルタンツが保有する都市計画や交通計画などのインフラに関する知見やノウハウを融合したものです。位置情報から推定される各種交通手段の利用状況と、人口などの統計データを掛け合わせることで、全国1.2億人の人口に拡大推計した移動に関するデータを高い精度で提供しています。
また、2024年1月には当社のサービスとして「全国インバウンド統計」をリリースしました。
このサービスには、世界最大級の人流データ提供企業であるAzira(アジラ)社が持つ世界16億超、日本国内6,000万超のユーザーのスマホアプリの利用から得たGPSの位置情報を活用しています。膨大なユーザーの人流データをもとに、当社独自のロジックにより高付加価値化を行ったサービスです。 日本人の約2分の1、インバウンドの約3分の1のデータをカバーしており、来訪・滞在・宿泊・周遊に関する精度の高い情報が取得できます。
データを提供して終わりとするのではなく、データの分析結果を読み解き、観光をはじめ、交通・まちづくり・防災・エネルギーなどさまざまな隣接分野まで一気通貫で支援できることが、建設コンサルタントのリーディングカンパニーである当社ならではの強みです。また、提供データは個人情報の保護に配慮した上で、活用しやすいようなライセンス管理をしているので、自治体がデータを民間に公開し、民間の知恵を広く集めながら地域振興策を検討していくことも可能になります。
当社では、人流データを活用した「北海道観光入込客数調査事業」を北海道庁から受託、実際の調査報告を担う全道179市町村等に向けた説明会の開催や、人流データによる過年度の観光入込客数調査報告書の作成、従来手法の調査結果との比較や相違点の分析などの業務を進めています。現在は2027年度以降の人流データへの切り換えの準備を支援しており、同様の取り組みを全国に拡げているところです。
当社ではこれからも、人流データを駆使して観光入込客統計の省力化や迅速化を支援するとともに、観光施策をはじめとするデータドリブンの政策立案とその実装に貢献していきます。