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永平寺の豊かな森を未来へ

明らかになった森が育む多様な命と価値

きっかけは永平寺境内のスギの巨木の一本が強風で折れ、鐘楼堂を半壊させた2010年の出来事だった。修行僧や参拝者の安全を脅かす重大な事態と受け止めた永平寺は、すぐに境内と周辺の森の調査に踏み出した。依頼を受けたのがパシフィックコンサルタンツだ。それから16年。今もさまざまな形で「永平寺の森プロジェクト」が続く。業務を中心で担う先端技術センター 技術開発室の斉藤泰久、社会イノベーション事業本部環境共生部 次世代環境創造室 兼 先端技術センターの櫻井恭介、プロジェクトマネジメント事業本部 プロジェクト統括部の南智好の3人に話を聞いた。

INDEX

強風で折れた樹齢400年の巨木

曹洞宗大本山永平寺は宗祖道元によって1244年に開かれた禅の修行道場だ。福井市の南、福井駅から約15kmのところに広がる深い森の中に70もの堂塔伽藍が建ち並び、全国から集まった雲水が厳しい修行に励む。事故は2010年4月27日に起きた。その日は朝から風が強く、午後から夜にかけて最大瞬間風速が20mを超える風が吹き続けたことから、山門前の「五代スギ」と呼ばれる古木の1本が地上15mほどのところで折れた。樹齢400年を超え、胸高直径約160cm、樹高約50mという巨木で、脇にあった鐘楼に倒れ落ち、建物を半壊させた。もし人がいれば大事故につながりかねなかった。永平寺は境内に立つスギの巨木の生育状況調査と保全方法の検討に入るとともに、伽藍と伽藍周辺の森の状況を把握する調査を進めることにした。

広大な森に包まれた永平寺の伽藍
広大な森に包まれた永平寺の伽藍

当時、門前のまちづくりを含めてコンサルタントとして関わっていた森ビル株式会社が、伽藍を中心とする建築物の調査と境内の樹木の調査および全体マネジメントを行い、パシフィックコンサルタンツは境内の樹木も含めた永平寺所有の森林について担当することになった。パシフィックコンサルタンツは、全国各地の治水事業の支援、山地森林域におけるさまざまなインフラ整備や開発に伴う環境アセスメントなどで多くの調査実績を持つ。永平寺の森について自然の環境条件の把握や解析、土砂災害のリスク把握、生物多様性に関する調査、さらに境内のスギの巨木に関する調査などを進めることになった。2010年の11月にスタートしたが、まもなく降雪の時期に入り、本格的な調査は翌2011年の4月からになった。3年間に及ぶ詳細な調査活動が始まった。

永平寺山門と五代スギ
永平寺山門と五代スギ

森の全貌を明らかにする徹底的な調査

永平寺の森の主な調査範囲

永平寺の森の主な調査範囲
出典:「永平寺の森 保全事業 取組みの紹介 第1号(平成23年11月)」
(大本山永平寺 永平寺の森保全対策室)

斉藤が振り返る。

「私たちは永平寺川の上流域を含めた一連の山地森林域を『永平寺の森』と捉え、永平寺伽藍の周辺とその周囲を主な調査範囲として、環境条件を把握することにしました。具体的には航空レーザー測量、地形・地質・植生・生物に関する踏査による調査、ボーリングや物理探査による地質やスギ巨木の根系・土壌の調査、そのほか、河川や湧水・地下水など永平寺の森の水循環についての総合的な調査です」

調査の1年目は、航空レーザー測量とそこから得た地形の標高データを用いて、地形面の形態を区分した微地形分類図を作成するとともに、安山岩や火砕岩が分布するといわれている同地域の表層地質図を作成。さらにスギ巨木の根元を試掘し、土壌や根の状況も詳細に調べた。

また2年目には、生物多様性把握のための基本情報調査として、永平寺の森の水文調査、植生・植物の調査、動物の調査を進めた。並行して永平寺伽藍周辺のスギ巨木の生長と樹齢およびDNA解析による遺伝的特徴の調査、さらには、永平寺伽藍を囲む森林斜面の土砂災害発生リスクの検討を行い、永平寺の森保全計画案を作成することにした。植物を専門とする技術者で開発に伴う環境影響評価などを数多く担ってきた櫻井が斉藤とともに調査活動を進めたが、従来のものとは大きく異なっていたという。

「通常の環境影響調査は、開発によって環境がどう変わり、何が失われるか、そこに希少生物が生息している場合、それをどう維持するのか、といったことを中心に明らかにするものです。しかし、今回は開発計画があるわけではありません。そこがどういう場所なのか、すべての生き物を視野に入れ、四季それぞれのありのままの姿をつかむという調査です。大きな広がりと深さがあり、それだけに非常に面白かったですね」と櫻井。

森の中を歩きながら、環境の実態を確かめる
森の中を歩きながら、環境の実態を確かめる

最新の技術を使った地形の解析や地質調査も、新たに構造物をつくるためではなく、その土地の成り立ちを知るためのものだった。地質や地盤の技術者としてプロジェクトに関わった南が言う。

「永平寺のある越前中央山地の北部は、安山岩や火砕岩が多く見られます。永平寺の伽藍周辺も同様でした。また、斜面には落下した岩塊や角礫、土砂などが混ざり合った崖錐堆積物が分布し、さらに永平寺川周辺では堆積した河床堆積物や段丘堆積物が広がり、伽藍内の不老閣から祠堂殿にかけては土石流堆積物が分布していました」

永平寺伽藍の地質平面図
永平寺の森の主な調査範囲
出典:「永平寺の森 保全事業 取組みの紹介 第1号(平成23年11月)」
(大本山永平寺 永平寺の森保全対策室)

巨木スギの根系を掘削調査

巨木スギの根系を掘削調査
出典:「永平寺の森 保全事業 取組みの紹介 第1号(平成23年11月)」
(大本山永平寺 永平寺の森保全対策室)

「興味深かったのは永平寺の伽藍の建立と植林の関係でした」と斉藤は言う。

「永平寺は、古い土石流堆積物が谷を埋めて形成した幅の狭い扇状地を造成して建立されたと思われるのですが、その際、斜面の安定を図るため、スギやケヤキなど根が深く広く生長する樹種を選んで、伽藍を囲む斜面に配置し育ててきたと見られるのです。近代の土木工学が存在しない数百年前に、樹木それぞれの特徴を見極め、崖錐堆積物が厚く崩れそうな斜面には直根が生長するスギを、斜面の傾斜が急で表層土層が薄く岩盤が露出しているような斜面には根が広く深く生長するケヤキを育てるというように、木の性質を活かした森の管理を行っていたと推測できました。なぜ山門から延びる参道沿いにスギの巨木が集中して生長できたのか、その理由のひとつは地質にあったわけですね。改めて先人の知恵の深さを知りました」

また2年目の調査では、ツキノワグマやカモシカ、イノシシ、ハクビシン、アナグマ、キツネ、タヌキ、ノウサギなど想像以上の多くの哺乳類が生息していることがわかった。続く3年目には、センサーカメラによるツキノワグマの生息状況の把握に加え、永平寺川の生き物の代表としてサクラマスを選び、その生息環境を調べていった。

一つの森を対象に、これほど広範囲で総合的な調査が行われた例はまれだ。だからこそ明らかになったことが多かったが、同時に対策が急がれることも浮き彫りになった。

センサーカメラが捉えたイノシシ、ツキノワグマ、クマタカ
センサーカメラが捉えたイノシシ、ツキノワグマ、クマタカ
出典:「永平寺の森 保全事業 取組みの紹介 第3号(平成26年11月)」(大本山永平寺 永平寺の森保全対策室)

永平寺の五代スギを苗木から育てる

近年の永平寺の森でまとまった植林が行われたのは30年以上前のことだ。その後、必要に応じて手入れが行われてきたとはいえ、スギの人工林については、木材資源として活用する機会がなかった。そのため全般に高齢林となり、光が林床に届きにくく間伐が必要となっていた。また、シカの個体数がこのまま増加すれば、いずれは食害によって森林環境が短期間に変わってしまうことが懸念された。

「あらためて『永平寺の森林経営計画』を作成し、スギの人工林の活用、広葉樹や複相林への転換、スギの再造林などを適切に行っていくことが必要だと考えました」と斉藤。森林計画づくりのためには新たな作業道の整備も欠かせない。そのための調査や計画づくりも必要だった。さらに斉藤がぜひ取り組みたいと考えたことがあった。それは永平寺ならではの五代スギの巨木を後世に引き継いでいくことだった。

五代スギの種から育てた苗木
五代スギの種から育てた苗木
五代スギの苗木の植林もはじめている
五代スギの苗木の植林もはじめている
「永平寺の森 水と森と生きもの」(第25・最終回)
出典:「永平寺の森 保全事業 取組みの紹介 第3号(平成26年11月)」(大本山永平寺 永平寺の森保全対策室)
安全のために五代スギを伐採した跡に植樹した五代スギの苗木
安全のために五代スギを伐採した跡に植樹した五代スギの苗木

「五代スギと呼ばれているのは、火災などで疲弊した伽藍の再興に尽力した永平寺第五世の義雲禅師が植樹されたといわれることによるのですが、実際にはその200年ほど後の植林ではないかという見方もあります。それでも樹齢は500年になります。参道の五代スギ37本の芽を採取し、森林総合研究所の協力を得てDNA解析を行ったところ、全国に分布する天然林43集団1,265個体と同一の遺伝子型のスギは存在せず、地場産であることがわかりました。さらに、同じ遺伝子型を示すクローンスギが6種類あったことから、昔ここに生育していたスギから挿し木などによって育ったものがあり、義雲禅師の時代に植樹された"元祖"五代スギの子孫であることも考えられます。スギにも寿命があり、いずれは枯れます。五代スギから落ちる種から苗木を育て、それを植林したいと思いました」

種から苗木を育てることは簡単ではなかったが、専門家の知恵も借りて苗木を育て、すでに植え付けも行われている。

また、伽藍のスギの生育状況調査では、幹に腐朽による空洞ができているものがあり、何本かについては安全のために伐採された。この伐採したスギの有効利用を検討し、幹内部が褐色腐朽菌により腐朽した部分を活用してコースターや小皿を試作、最終的な製作手法の検討を進めている。

試作中のコースター(永平寺の寺紋入り)と小皿
試作中のコースター(永平寺の寺紋入り)と小皿

さらに、今後の永平寺の森の管理を進めるためには持続性のある管理が求められることから、その安定的な財源を確保するための手法として、経済産業省・環境省・農林水産省が運営する「J-クレジット制度」の活用も検討している。

この制度は、国が妥当と認める森林管理プロジェクトの実施者(クレジット創出者)が、クレジット売却益を森林施業(作業道の強靱化など)や森林の保護(害獣対策、天然林の育成・保護)に活用できるもので、クレジット購入者はカーボンオフセットやCSR活動などに有効に活かすことができる。森林の土地所有問題など森林管理における全国的な課題は、永平寺の森においても顕在化している。

豊かな永平寺の森と文化を受け継いでいく

「永平寺の森プロジェクト」でパシフィックコンサルタンツが進めてきた航空レーザー測量や地質の解析、川の流れや地下水の動き、さらに森の生きものの生態調査などで発揮された要素技術は、いずれもパシフィックコンサルタンツならではの、しかも調査当時最新のICT技術を駆使したものだ。こうした調査によって、巨木の倒壊による危険が回避でき、土砂災害など森がはらむリスクの所在も明らかになった。それは、危険に備えながら自然とうまく付き合っていくための土台となるものだ。2010年に始まり、今も継続する本プロジェクトは、開発に伴う調査ではなく、単なる森の維持管理事業でもない。

「道元禅師が開山した永平寺は、永平寺川を遡って歩き、辿り着く深山の地でした。今でこそ車を使って多くの人が訪れますが、修行道場としての永平寺は限られた修行僧が修行に励む場所であり、周囲の森はその生活を支える水や食物、建築物などに使う木材を提供していました。水や食料の供給源という役割は小さくなったとはいえ、永平寺境内やその周辺の森を維持していくことは、修行僧の日々の行を支え、訪れる人に心の平安を届ける場所を守り、受け継いでいくということです。それは永平寺が担ってきた文化を後世に伝えていくことでもあります」と斉藤。

2010年の事故をきっかけに永平寺は『永平寺の森実行委員会』を組織したが、その後、境内環境の再整備と安心・安全の確保、さらに永平寺周辺の景観の整備や門前の再生を一体で推進する必要があるということから委員会を「『禅の里』まちづくり実行委員会」へと改組し、パシフィックコンサルタンツもまちづくりのコンサルタントとして参加した。「未来の永平寺の森の豊かさとそこに集う人々の平安を願って、私たちもその役割の一端を担っていきたい」と3人は口を揃える。

斉藤 泰久

SAITO Yasuhisa

先端技術センター 技術開発室

1993年入社。地質部→地盤技術部にてPCKKのほぼすべての事業分野の業務に携わる。地下水を起点に、地盤環境、水文環境、水循環、森林水文、斜面崩壊などの技術分野を牽引。2022年11月から始まった大本山永平寺の森保全業務を機に、水循環ー土砂災害ー森林生態の枠組みから中山間地域における森林管理・資源循環・地域共生・CCUS等々の領域へ展開。2018年10月に事業強化推進部技術研究センターへ移動、技術開発センター長なども担当。全社の技術開発を支援しつつ、自らも地道に技術開発を継続。現在に至る。博士(理学)、技術士(総合技術監理―応用理学―地質)、技術士(応用理学―地質)、技術士(建設―建設環境)。

櫻井 恭介

SAKURAI Kyosuke

社会イノベーション事業本部
環境共生部 次世代環境創造室 兼 先端技術センター

2014年入社。環境影響評価・生物多様性・GISを軸に、空港事業や砕石事業などの環境アセスメント、大本山永平寺の森保全事業(環境調査・森林経営計画・管理)、森林管理技術の研究開発(搬出車両の自己位置推定・直根性苗木・クレジット)、ごみ処理施設の適地選定・影響回避、ネイチャーポジティブ/Eco-DRRの視点からの政策立案・空間解析・地域実装支援等に取り組む。技術士補(環境部門)。

南 智好

MINAMI Chiyoshi

プロジェクトマネジメント事業本部
プロジェクト統括部 盛土規制法関連プロジェクト

2015年入社。以前は、測量コンサルにて調査・設計部隊に所属し、ダム調査や道路拡幅調査設計等に携わった。2015年から2023年までは、地盤技術部に所属。GISを用いた地形解析業務や地質CIM作成のほかに、大本山永平寺の森林保全業務等に携わった。2023年からは、盛土規制法関連PJに所属し、盛土関連の支援アプリ開発や森林分野での新事業への事業展開のため、実証試験や技術開発に取り組む。測量士。

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