2018年7月に発生した「平成30年7月豪雨」は西日本の広い地域に大きな被害をもたらした。なかでも倉敷市真備町では小田川の堤防決壊により死者51名を含む甚大な被害が発生。国は着手済みの高梁(たかはし)川との合流点付替え事業の完成予定を5年前倒しして、早急に流域の安全を図ることにした。緊急事業には多数の建設コンサルタントや施工会社が結集。パシフィックコンサルタンツも多くの業務を担った。管理技術者として当社業務の全体を統括した国土基盤事業本部 流域構造部 河川構造室の木村憲司に話を聞いた。
INDEX
度重なる洪水被害を受けていた小田川流域
高梁川は岡山県西部を北から南に下って瀬戸内海に注ぐ一級河川のひとつ。古くから平野部の水田を潤し、河口部には水島工業地帯がつくられた。
しかし高梁川は治水の難しい川としても知られていた。弱点は2つ。1つは江戸時代以降上流で盛んに行われていた「たたら製鉄」により、下流部で土砂が堆積して河床が高くなっていることだ。たたら製鉄は、原料の砂鉄を得るために風化した花崗岩の土層を水路に流す比重選鉱という手法を用いる。そのため下流部では河床が徐々に上がって周囲の平地より高い「天井川」になり、周辺にはゼロメートル地帯が広範囲に広がっていた。
もう1つの弱点は、河口から約15km上流側にある小田川との合流点だ。小田川は西から高梁川に流れ込む支流のひとつだが、勾配が緩く、また高梁川の合流点の水位が高いことから、洪水時に高梁川の水が小田川に逆流し、小田川の水位が上がるというバックウォーター現象が起きやすい。実際、合流点に近い真備町はたびたび水害に見舞われてきた。
そのため国は1989年に高梁川水系工事実施基本計画を定め、高梁川と小田川の合流点を約4.6km下流に付替えることで、バックウォーターの発生を抑えると同時に水位を大幅に下げることを決定。この付替えを含めた「高梁川水系河川整備計画」を2010年に策定し、その後、環境影響評価などの調査を経て2014年には正式に新規事業として採択、2028年度の完成を目標に事業に着手していた。
完成目標の5年前倒しが決定
しかし2018年6月下旬から7月にかけて発生した「平成30年7月豪雨」では、懸念されていた小田川で堤防が決壊。死者51名、建物浸水被害約4,600棟、浸水面積1,200haという甚大な被害が発生した。浸水深さが5mを超えた地域もあり、死者の約8割が70歳以上で、またほとんどが非流出家屋の屋内で遭難したと見られることから、かつてなく大きな規模で氾濫が発生し、水位上昇が短時間に起きたことが明らかになった。

出典:「平成30年7月豪雨―岡山県倉敷市真備町―」(農林水産省)
被害数字の出典:内閣府中央防災会議 防災対策実行会議「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について」参考資料
被害の発生を受けて、国は2028年度の完成を目指していた小田川合流点付替え事業を「河川激甚災害対策特別緊急事業(通称:激特事業)」に指定。完成を2028年から5年前倒しして2023年度内に改め、工事を一気に加速することにした。激特事業は、洪水や高潮で甚大な被害が出た河川で、国が主体となり直轄事業として概ね5年間で集中的に河川改修を行うもの。再度の災害発生を防ぐ緊急の取り組みだった。
具体的な事業内容は、従来の計画どおり、現在の合流地点を新たに築く堤防で締め切り、下流に約4.6km進んだ地点に新合流点を設けるもの。その間は、途中にある柳井原貯水池の河道化を含めた約3.4kmにおよぶ新たな水路でつなぐことになった。2つの効果が期待された。1つは小田川へのバックウォーターの影響を軽減し、小田川の水位を大幅に下げて真備町の安全性を高めること。2つめは、従来は小田川合流後だった高梁川の酒津地点を合流前とすることで水位を下げることだ。酒津地点の背後には倉敷市街地が大きく広がっている。その安全性向上が狙いだった。


出典:「小田川合流点付替え事業の概要」(2018年3月中国地方整備局 岡山河川事務所)
山を削って新たな流路を拓く
途中にある柳井原貯水池を活用するとはいえ、合流点までの約3.4kmは新たに流路を拓くことになる。特に現在の合流点を閉じて柳井原貯水池へと導く上流側は、できるだけ緩やかなカーブにして小田川の流下能力を下げないようにしなければならない。そのためには川に沿って張り出している南山の一部を掘削して線形を緩やかにし、かつ、十分な川幅を確保しなければならなかった。本事業の難工事部分のひとつだが、パシフィックコンサルタンツはこの修正設計を担当した。

出典:「小田川合流点付替え事業の概要」(2018年3月中国地方整備局 岡山河川事務所)
「激特事業化される前にいったん詳細設計は終えていましたが、条件変更に基づく護岸構造形式の再検討や、設計図面と数量計算書の作成、さらに掘削方法や施工方法の再検討を行いました」と木村。
この南山掘削関連設計以外にも、小田川と高梁川の旧合流点を切り離す締切堤防や酒津地区の護岸の修正設計、さらに柳井原貯水池の河道設計や道路付替設計の取りまとめなど、当社はさまざまな工種の設計を担った。
できることから着手し、走りながら考える
小田川合流点付替えという巨大な土木事業の完成年度を前倒しするのは簡単ではない。そもそも大規模な掘削などを伴う土木工事は、進捗に伴って予期せぬ障害にぶつかることが多く、完了見込み年度の延期はあっても逆に前倒しすること、それも数カ月や1年ではなく、5年も短縮することは極めて難しい。各工程の単純なスピードアップではなく、事業推進体制や施工方法、施工手順の根本的な見直しも必要になった。当社は以前からこの事業に関わっていたが、激特事業となって取り組みは大きく変わったという。木村が振り返る。
「気候変動の影響が深刻化するなか、再度の被害を防止するためにもこの工事は早急に実現しなければなりません。大手や地元の建設コンサルタント会社はじめ、測量会社、施工会社が多数関わり、当社も中国支社の河川室を中心とし、九州支社(現・九州本社)、大阪本社からも応援を得て測量や詳細設計業務にあたりました」
新旧の合流部はもちろん、さまざまな地点で、同時並行で調査や測量、詳細設計、施工、工事監理を進めることが求められ、通常の手順にこだわらず、すぐにできるものは何かと考えてそこから手を付けるというスタイルが取られた。発注者との契約もとりあえず大きな項目だけで締結し、設計・施工を進めながら浮上する課題やその設計について契約の変更や追加をするといったことも行われた。「施工については、発注者を通じて設計図面などをできるだけ早く施工会社に受け渡し、設計と施工を並行して進めました。施工上の課題・問題が見つかったらすぐ設計に戻して修正し、施工が止まらないようにするためです」と木村。
新たな河道の整備に約260万㎥の掘削を行っているが、掘削土の一部は外に持ち出すのではなく、現場で堤防や河道整形に有効活用する取り組みも行われた。こうすれば掘削土の仮置きや搬出などの作業が軽減できるからだ。工事関係者の全員が、とにかく効率を上げて1日も早く完成させる、という強い思いを持って臨んだことでいろいろなアイデアも生まれ、短工期での工事完了につながった。

流域治水の先駆けとして、成果を次に活かす
激特事業として取り組まれた小田川合流点付替え事業は、予定どおり2024年3月に完了した。また、この付替え事業以外にも小田川に流れ込む岡山県管理下の3河川(末政川、高馬川、真谷川)について、嵩上げや堤防強化などの堤防整備や、洪水時の水位を下げるための河道掘削などのハード対策が進められ、これも2023年度内に完了している。さらにソフト対策として、災害を"自分ごと"と受け止めてもらうための取り組みの強化や、避難行動につながるリアルタイム情報の充実など、さまざまな取り組みも並行して進められた。これらは、小田川合流点付替え事業を中心とする真備緊急治水プロジェクトとして国、県、市が連携し、民間企業延べ1,500社以上が関わって進められたものだ。木村が振り返る。
「小田川合流点の付替え事業を含む真備緊急治水プロジェクトは、雨水が川に流れ込む集水域から氾濫域まで流域全体で、またハード・ソフト両面の施策を総合して水害を防ぐという、『流域治水』の取り組みのひとつのモデルでもあったと思います。5年間の工期短縮の実現と同時に、新たな流域治水の推進としても大きな実績とさまざまな教訓を残すものになりました。次世代を担う若い人にもこの真備プロジェクトの取り組みを伝え、今後に活かしたいと思います」
気候変動に伴う豪雨災害の激甚化が顕著になっている今、水害に強いまちづくりや被災時の早期復旧は、ますます重要なテーマになっている。小田川合流点付替え事業は今後の河川防災への取り組みに大きな教訓と実績を残すものになった。