工事が進む成田空港の「更なる機能強化」は、滑走路の延伸や新設により既存の空港面積を2倍近い広さに拡張し、年間発着容量(一年間に、安全に離着陸できる上限回数)を50万回に引き上げることを目指す大規模なものだ。環境影響評価(環境アセスメント)が欠かせない。パシフィックコンサルタンツは、10年以上前に遡る計画の検討段階から調査業務を受託し、2019年9月に公表された環境影響評価書の作成をサポート。現在も環境保全のための取り組みなどを進めている。国土基盤事業本部 地盤技術部の廣中勇治、社会イノベーション事業本部 環境共生部の渡辺弘生、渕澤智典の3人に環境影響評価について話を聞いた。
「成田空港の更なる機能強化」概要
成田空港と羽田空港を合わせた約75万回/年という処理能力は、2020年代前半には限界に達すると予想されていた。そのため成田空港については2015年から、国、千葉県、空港周辺9市町及び成田国際空港株式会社(NAA)からなる四者協議会で、既存滑走路の延長と滑走路の新設を中心とする空港機能強化について検討が進められ、2018年3月に最終合意。その後、2020年1月31日の国土交通大臣による事業許可を経て、現在、造成工事等が進められている。
• 事業目的: 成田空港の年間発着容量を 50万回に拡大する
• 工事内容:B滑走路延伸(滑走路長2,500m ⇒3,500m)/C滑走路新設(滑走路長3,500m)/誘導路新設(7,471m)/空港敷地拡張1,099ha(現状1,198ha ⇒2,297ha)
INDEX
- 環境影響評価が事業のスタートに
- 調査の注意点の明確化と調査方法の検討に取り組む
- 造成工事で地下水位はどう変わるか、影響を予測
- 広大な面積を対象に生態系を調査
- 消えざるを得ない里山環境を代償する
- 騒音の影響範囲も拡大する
- 里山の価値を高めて、空港と地域との共生につなげていく
環境影響評価が事業のスタートに
2014年7月、国土交通省は「首都圏空港機能強化技術検討小委員会」の中間取りまとめを発表し、成田空港の滑走路の延長と増設に初めて言及した。延長2,500m以上の滑走路の新設は環境影響評価法(環境アセスメント法)の対象となる。法律は、その事業が環境にどういう影響を与えるのか、大気や水、土壌などへの影響、動物や植物、生態系への影響、景観や人と自然の関係の変化、地球環境にもたらす負荷の程度などについて影響評価を行うことを定め、その結果について住民や地方公共団体、国から意見を聴き、事業計画に反映させることを求めている。そのため、成田空港の機能強化を進めるにあたり事業計画の検討段階で環境影響評価を実施しており、その後、事業認可を経て工事実施へと続いている。
「成田空港の更なる機能強化」の環境影響評価の項目
| 環境の自然的構成要素の良好な状態の保持 | 大気環境 | 大気質(窒素酸化物、粉じん、浮遊粒子状物質) |
| 騒音(建設作業騒音、道路交通騒音、航空機騒音、空港内作業騒音) | ||
| 低周波音 | ||
| 振動(建設作業振動、道路交通振動) | ||
| 水環境 | 水質(土砂による水の濁り、水の汚れ) | |
| 水文環境(地下水位、水利用等) | ||
| 生物多様性の確保や自然環境の体系的保全 | 動物(重要な種及び注目すべき生息地) | |
| 植物(重要な種及び群落) | ||
| 生態系(地域を特徴づける生態系) | ||
| 人と自然の豊かな触れ合いの確保 | 景観 | |
| 人と自然との触れ合いの活動の場 | ||
| 環境への負荷の量の程度により評価 | 廃棄物等(建設工事に伴う副産物、飛行場の施設の供用に伴う廃棄物) | |
| 温室効果ガス等 | ||
調査の注意点の明確化と調査方法の検討に取り組む
環境影響評価手続は1回のレポートで終わりではない。まず事業計画立案の早期の段階で「計画段階環境配慮書」をまとめ、どのような点に注意する必要があるかを明確にする。次に調査等の方法を検討して「環境影響評価方法書」を作成、それに沿った調査・予測・評価を行った結果を「環境影響評価準備書」として整理する。さらにそれに対する意見や修正要望を受け、最終的に「環境影響評価書」をまとめるという段階を踏むことになっている。当社では、空港の機能強化の検討が始まった当初から成田国際空港株式会社(NAA)から調査業務を受託、環境アセスメントの第1段階となる「配慮書」の作成を担った。さらに、方法書、準備書の作成やその後の自治体への説明、住民説明会の開催や運営、国土交通大臣意見に基づく修正といった作業を中心で担い、2019年9月にNAAが公表した最終版の「評価書」の作成へとつなげた。
造成工事で地下水位はどう変わるか、影響を予測
調査開始当初は、空港の機能強化についてまだ詳細な事業計画は決まっていない。環境への影響を見極めつつ、それを最小化する方法は何か、また、それでもなお残る影響に対してどのような対策を講じるべきか――これらの検討結果を示さなければ、NAAは事業計画を策定できず、四者協議会の議論も前に進まない状況にあった。なかでも、新設するC滑走路の配置のあり方は、計画検討の出発点として極めて重要な論点であった。その検討には、広域な土地改変や発生土運搬などが伴うことが想定される土地造成計画の内容と、それに伴う地下水への影響の把握が不可欠である。これらの把握に当たっては、当社の環境共生部と地盤技術部が連携しながら調査を実施した。地盤技術部の廣中が振り返る。
「空港用地は滑走路や誘導路はもちろん、基本的にすべてフラットにしなければなりません。拡張のために新たに用意する敷地も、現在運用中の空港敷地とほぼ同じレベルで整備する必要があります。しかし空港周辺にはゆるやかな起伏があるので地面を削ったり盛ったりすることになります。しかも造成工事の規模が大きくならないよう、敷地外から土を運び込んだり、逆に持ち出したりしない、ということがあらかじめ決められていました。2箇所に絞られていた滑走路候補地について、それぞれどのような切土・盛土が必要になり、土がどれだけ動くのか、それによって地下水位がどう変化するのか、ということを調査していきました。また、この地域は地下水を農業用水の補助として使うだけでなく、上水としても使っています。その水質や水位の変化についての検討は非常に重要でした。ただし、地下水の変動の正確な予測は非常に難しいので、一定の予測をしつつ継続的なモニタリングの計画を立てていきました」
広大な面積を対象に生態系を調査
千葉県は首都圏にありながら里山環境が豊かである。県は独自に里山条例を定め、里山を「多様な生き物の生育空間や景観形成、防災や気象緩和に大きな役割を果たし、房総の原風景を形成してきたもの」と位置づけ、その保全、整備、活用のための施策を推進している。生態系への影響調査は環境アセスメントの中心テーマのひとつだった。環境共生部の渡辺が振り返る。
「非常に難しい調査でした。まず範囲が非常に広いということがあります。拡張後に想定されている空港の敷地は約2,300haです。ただし、空港拡張による影響は、動物の棲み処が改変されることによる個体数の減少だけでなく、それに連鎖する形で餌資源が減少することによる空港周辺に生息する動物への影響も考える必要がありました。そのため、調査範囲は動物の行動範囲を考慮して空港周辺を含めた大変広い範囲となりました。そしてその広い範囲内に生息する動植物を網羅的にチェックすることが求められました。鳥や魚、昆虫はもちろん、植物、菌類まで含まれます。調査方法を決め、どれだけの人員がどういうスケジュールで動く必要があるか、その計画立案や業務の管理だけでも大変でした。環境影響調査は大気環境や水環境はもちろん、動植物の生態も季節による変動が大きいことから、少なくとも1年を通して見なければ実態がつかめません。オオタカなどの猛禽類のように、調査は2営巣期、つまり2年をかけて行うことが求められているものもあります。早く着手しなければ全体の評価書作成に間に合いませんでした」

消えざるを得ない里山環境を代償する
実際に調査を進めると、航空機が頻繁に離着陸する国際空港周辺という土地柄でありながら、生息する生物種やその個体数は想像以上に多かったという。
「千葉県の里山環境の豊かさを実感すると同時に、保全対策もしっかり考えなければいけないとあらためて感じました」と渡辺。空港拡張に伴って消えてしまう里山が出てくるのは避けられないが、それを代償するエリアを積極的につくっていくことが求められた。
「ミチゲーション(Mitigation)と呼びますが、自然環境への影響を緩和、低減するために対策を取ることが必要です。事業実施後も残存する里山環境を維持するために手を入れることにしました。里山再生は多くの地域で取り組まれていますが、環境アセスメントの一環としてこれほど大規模に取り組むことは珍しいと思います。騒音対策で未利用になっているNAAの所有地があるので、そこを積極的に活かしながら計画を進めることにしました。どういう環境をつくれば、どういう生き物がくるのか、そこまで踏み込んでデザインの検討を進めています」
しかも有効な代償措置であるためには、手を入れる里山環境は持続可能なものでなければならない。渡辺が続ける。
「一度整備して終わりではなく、草刈りをしたり湿地や林を管理したりすることが必要です。地域の新たな財産として、地域全体の力で価値のあるものにしていかなければならない。その実行プログラムも、今後詰めていかなければならないと思っています」
騒音の影響範囲も拡大する
環境への影響は生物生態系だけでなく、地域で暮らす方々の生活への影響も大きい。騒音などの変化、水環境、景観や自然との触れ合いの機会や場所などの変化もある。特に騒音は空港周辺に住む方々にとって大きな懸念事項だ。環境影響評価全体の進行を管理しながら、主に生活環境への影響に関わる項目について担当した環境共生部の渕澤は語る。
「成田空港の離着陸回数は年間約50万回へと増加することが見込まれています。また夜間の飛行制限も緩和される計画です。将来、A、B、C各滑走路からの離着陸がどのようなコースで行われ、どの範囲に、どのレベルの騒音が発生するのか、環境基準を上回ると見込まれる範囲はどこで、どのような対策を講じるのかについて評価書にまとめていきました」
里山の価値を高めて、空港と地域との共生につなげていく
当社が担った環境影響調査を基に、NAAは2019年9月に最終の「環境影響評価書」を公表した。3分冊となった本編だけで合わせて2,500ページに及ぶ膨大なものだ。もちろん評価書を作成して終わりではない。渕澤が語る。
「環境への影響が当初の評価通りか、保全策は有効に機能しているかなど継続的なモニタリングや評価が欠かせません。それも含めての環境影響評価であり、これからが大事になると思います」
長く生態系の保全について研究や施策立案に関わってきた渡辺は危機感をにじませつつ、今回の取り組みの可能性に言及する。
「里山は地下水を涵養し、人々の生活を支え、日本の田園風景をつくりあげてきた独特の自然資本です。しかしそれがどんどん失われています。そのなかで、成田では空港の機能強化計画に伴って大々的な調査が行われ、今ある里山環境を別の形で維持していこうとしています。成田空港の取り組みがきっかけとなり、里山の価値の再認識と再生の大きな動きにつながっていくことになれば、環境アセスメントに加わったひとりとしてうれしく思います」
「第2の開港」を目指す取り組みにより、空港の機能強化だけでなく、地域の環境・社会との共生につなげていくこと、それが空港の環境アセスメントにかかわるパシフィックコンサルタンツが考えるゴールだ。
