2022年3月「多摩川スカイブリッジ」が開通した。羽田空港の空域制限や干潟の生態系保持、河口部ならではの水平基調の景観の維持など、厳しい条件下での設計・施工には多くの困難があったが、パシフィックコンサルタンツが橋梁の詳細構造検討業務を推進。国内最大の支間長240mをもつスレンダーで美しい桁橋の実現に貢献した。業務を中心で担ったパシフィックコンサルタンツ交通基盤事業本部 構造部 橋梁第二室の石原大作に話を聞いた。
INDEX
- 2つの特区を結ぶ期待の橋
- 多摩川河口部ならではのさまざまな困難
- 国内最大の支間長への挑戦
- 桁高は最大7m、フェイシアラインも細く、美しく
- あらゆる施工方法を動員して設計を実現
- 橋上空間もすっきりとしたデザインに
- 基本デザインを施工につなぐ仕事の醍醐味
2つの特区を結ぶ期待の橋
多摩川の河口部で新たに計画された羽田連絡道路(後に「多摩川スカイブリッジ」と命名)に、国と産業界から寄せられた期待は大きかった。東京都側では空港の沖合拡張に伴って生まれた跡地を「羽田グローバルウイングズ」と名付け、国と自治体の手で産業交流施設や宿泊施設の整備を進めていた。一方、対岸の川崎市殿町地区でも川崎市を主体に「キングスカイフロント」の愛称のもと、世界最先端のライフサイエンス分野の研究開発エリアとして再開発が進んでいた。川を挟む2つの地域は一体で国の「都市再生緊急整備地域」に指定され「世界で一番ビジネスのしやすい環境を整備することにより......東京圏のビジネス機能、新産業創造・発信機能を備える成長戦略拠点を形成する」ことが目指されていた。両岸を結ぶ多摩川スカイブリッジは、日本の新たな成長戦略拠点づくりに欠かせない重要なインフラだった。
●羽田グローバルウイングズ(羽田空港跡地)
「HANEDA INNOVATION CITY」(2023年11月オープン)に健康医療、ロボティクス、モビリティ分野の先端企業が集積し、最大約3,000人収容可能なイベントホールも開設。第3ターミナル直結の大規模ホテルと商業施設を備えた「羽田エアポートガーデン」も2023年1月に開業した。
●キングスカイフロント(川崎市殿町地区)
最先端医療、がん医療技術開発などのライフサイエンス分野や環境分野における世界最高水準の研究開発から新産業を創出する拠点として川崎市を中心に整備を推進するオープンイノベーション拠点。すでに約80機関の研究所や企業等が進出している(2024年5月現在)。
多摩川河口部ならではのさまざまな困難
新たな橋で両岸が結ばれれば、現在、国内各都市はもとより、世界25カ国(地域)の52都市と結ばれている羽田空港のネットワーク力を活かした新たな成長戦略拠点が一気にポテンシャルを増す。しかし、橋梁の整備は極めて厳しい制約の下で進められなければならなかった。大きくは3つだ。1つは空港に近接することから航空法による高さ制限が設定されていること。2つめは、多摩川の最下流で東京湾の干潟が形成され、一部は生態系保持空間として原則として人の立ち入りが禁止されていること。3つめは河口部ならではの水平基調の景観との調和が求められることだった。
有識者や経験者などで構成する「連絡道路の橋梁構造に係る検討会」が組織され、議論の結果、基本方針が以下のように決まった。アーチやケーブルなどの路面上の構造物がない桁橋とすること。また、河川内の橋脚数は最小の2基にとどめ、上部工を鋼製、橋脚をRCとして剛接合する複合ラーメン構造とする。それにより桁高を抑え、鳥類の飛翔を妨げる面積をできるだけ少なくすると同時に圧迫感が少なく景観に馴染むものとする、というものだ。道路の総延長は約840m(渡河部約602m)ある。最も長い中央の支間長は240mとなる計算だ。桁橋で240mのスパンを飛ばした例はない。2018年11月に完成した隅田川に架かる築地大橋は全長245mを3径間のアーチ橋としている。多摩川スカイブリッジは、中央径間だけでほぼ同じ長さを、しかもスレンダーな桁橋で実現しようというものだ。まさに桁橋の限界への挑戦だった。
国内最大の支間長への挑戦
検討委員会が打ち出した上記の基本方針(鋼3径間連続鋼床版箱桁橋)をもとに、環境調査・予備設計・基本デザインが行われ、それを受けていよいよ詳細構造検討業務にバトンが渡された。次の工程である詳細設計・施工はデザインビルド方式で建設JVに一括発注されることになっていたことから、検討委員会の思い描く基本デザインが実際に形にできるかどうかは、この詳細構造検討にかかっていた。業務を中心で担ったパシフィックコンサルタンツの石原は入社以来、多くの橋梁の基本設計や詳細設計をしてきたが、かつて経験したことのない難しさを感じていた。
「桁橋は桁がすべての荷重を受け止めるシンプルな構造で、支間長の長さと桁高の間には明快な比例関係があります。通常、スパンに対して桁高は20分の1あるいは25分の1といわれています。普通に考えれば240mの支間長を持たせるには10mもの桁高が必要になる計算です。しかし、こんな巨大な桁橋はつくれません。しかも羽田空港寄りには船舶用の航路が設定されていて、そこでは桁高を4mまで絞らなければなりません。これだけの長さで、しかも海辺で風の影響も大きい。さらにいえば、航空法による高さ制限で高いクレーンが使えないとか、生態系保持空間にはいっさい立ち入れないなど、工法も限定されます。構造強度とスレンダーなシルエットという背反する要求をこの条件下でいかに実現するのか、これは大きなチャレンジだと思いました。本当にできるのかという不安すら感じましたが、一方では、これまで日本にはない桁橋への挑戦です。"やってやる"と大いにファイトが湧きました」
桁高は最大7m、フェイシアラインも細く、美しく
予備設計から送られてきた桁高は最大で6mの想定だった。しかしこれでは支間長240mを持たせることは不可能だった。石原は最大7mを限度と決め、高性能で高強度の鋼材の採用や全断面溶接など、さまざまな工夫で高い強度と耐久性を備えた箱桁の検討を進めた。7mはなんとかクリアできそうだった。

さらに石原はシンプルでスレンダーな外観を生み出すために、さまざまな工夫を重ねた。例えば、フェイシアラインがそのひとつだ。
「この橋の軽快な印象は、桁高を最大7mに抑えただけでなく箱桁の断面もできるだけ抑えて、上に載る鋼床版を左右にそれぞれ4.5mせり出させて、長いブラケットで支持するという形状にしたことも貢献しています。さらにフェイシアラインと呼ばれる桁側面の地覆(じふく)部分がつくる水平ラインを、ブラケットを10cmだけ内側に入れることで見付け幅を細くして陰になる部分をつくり、水平ラインを強調しました」

フェイシアラインを細く見せることで、水平ラインを強調した
あらゆる施工方法を動員して設計を実現
しかし、構造の詳細をいかに工夫しても、施工方法にリアリティがなければ絵に描いた餅に終わってしまう。特に航空法に伴う高さ制限で大型クレーンが使用できなかったり、生態系保持空間ではベント(仮支柱)を立てたり人が入ったりすることができないことから、それでも可能な工法を検討しておく必要があった。もちろん、施工の順番も重要になる。複合ラーメン構造であることから、橋脚を建て、それが終了したら上に桁を乗せるという単純なものではなく、橋脚に桁を剛結しながらそこを起点に桁を延ばしていくという方法を採ることになる。当然、架設時には、そのステップに応じた断面力が掛かるため、それもあらかじめ考慮した設計が必要だった。橋脚に対してバランスを取りながらいかにスムーズに延ばしていくか、施工方法だけでなく、その順番も慎重な設計検討によって決めることが必要だった。石原も実は施工方法の検討が最も難しかったと振り返る。
「橋梁の架設は4種類を組み合わせました。現在考えられる橋梁の施工方法のすべてを使っています。橋脚の剛結部はフローティングクレーン架設、羽田空港側はトラベラークレーン張出架設、航路と河川内は干満差を利用した台船架設、そして生態系保持空間は陸上からの送り出し架設とトラベラークレーン架設の併用で、人も物も河川空間に入れないようにしています。この工法で、かつこの順番で施工してほしいとバトンを渡しました」

橋上空間もすっきりとしたデザインに
橋上空間のデザインについても、先の検討会と別途組織された「景観検討委員会」が基本方針を決定していたが、石原はその実現に向けさまざまな工夫を加えた。照明については、ポールを立てて上部から照らす一般的な方式は採らず、欄干に組み込む低位置照明とすることになっていた。景観デザイン上、また生態系の保持上でも川面に光が落ちないようにする配慮が必要だったからだ。その細部のデザインを行い、手すりも橋の水平ラインとマッチするように横桟式を採用しているので、手で掴みにくい手すり幅の採用、よじ登りにくいよう内に向かってゆるやかに傾斜を付けるといった工夫を加えた。 またこの道路には車道に加え、自転車道と歩道も設けられているが、歩道を一段高くして、下に鋼製の排水溝を組み込んだ。それによって桁側面部に取り付けられることが多い横引き管などの付属物をなくすことができ、スレンダーなデザインの実現に一役買っている。また、こうすることで排水溝の清掃性も高まり、通行止めなどの措置を取らなくてもメンテナンスが行えるなど、維持管理性能の向上にもつながった。

基本デザインを施工につなぐ仕事の醍醐味
桁高最大7mを実現するための箱桁の設計の詳細や、強度を高めるための剛結部の細部のデザイン、維持管理性能向上のための工夫、そしてそれらを検証し決定するための試験体をつくっての検討や風洞実験など、詳細構造検討業務の内容をここで一つひとつ紹介することは不可能だが、この一連の業務が検討委員会の掲げた理想のデザインを詳細設計・施工につなぐ要の役割を果たしたことはいうまでもない。石原もこう振り返る。
「詳細構造検討は基本デザインを施工につなぐ"つなぎ役"ですが、実は橋梁設計の最もクリエイティブでやりがいのある業務だと思っています。どんなアイデアや意匠も、性能が確保され細部のデザインや納まりが決められ、かつ、施工方法を含めて"これでできる"という最終的な解答が出せなければ、実現に至りません。そういう意味で、時間が限られていたこともあり非常に大変だったのですが、大きなやりがいのある仕事でした」
基本デザインを受けておよそ半年後には着工し、コロナ禍を挟みながらも4年9カ月という短期の工事期間を経て、多摩川スカイブリッジは2022年3月に開通した。2021年度の土木学会田中賞(作品賞)、2025年度には同じく土木学会のデザイン賞で優秀賞を受賞するなど高い評価を受けている。
周辺交通の円滑化、地域の防災力向上なども実現、また、川崎市のアンケート調査では、徒歩・自転車での来訪者の約9割、地域住民の約6割が「多摩川スカイブリッジの整備によって多摩川河口の景観がよくなった・どちらかというとよくなった」と回答している※。
※2022年度川崎市公共事業評価審査委員会「国際競争拠点都市整備事業(羽田空港南・川崎殿町・大師河原地域)に関する事後評価」

さらに開通後、初めての元日となった2024年1月1日は、橋上からの初日の出を見るため、下流側の歩道は多くの人で賑わい、新名所の誕生として大きな話題になった。
「橋が交通を改善し、また、多くの住民の方々に楽しんでいただいているのは設計者冥利に尽きます。ゼロから自由にデザインできる仕事にも魅力がありますが、私は、いろいろな制約の中で、それを技術的な工夫やチームワークで乗り越えて実現するということに面白さを感じます。また、今回の検討業務では、当時の上司が関係者間の調整や交渉などの、重要ではあるものの煩雑な業務をすべて引き取ってくれ、後輩の自分にクリエイティブなデザインの部分を任せてくれました。そのため設計業務に専念でき、貴重な経験を積むことができました。これからは私がこの先輩のような役割を引き受け、若い人に学びのチャンスを提供したいと思っています」と石原。
多摩川スカイブリッジの美しいシルエットは、詳細構造検討という仕事の持つ価値を改めて浮き彫りにしながら、日本の橋梁設計・施工に新たなページを加えるものとなった。