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空港の脱炭素化をいかに進めるか

日本の空港カーボンマネジメントの課題と取り組み

2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向け、各分野での取り組みが進んでいます。空港分野の脱炭素化もその1つで、海外との玄関口となる空港では国際競争力確保の観点からも脱炭素化が急務となっています。一方で、空港には多くの事業者が存在し、取組実施主体が多岐にわたることから、計画の具体化や実行は容易ではありません。
国土交通省の空港脱炭素化推進計画策定ガイドラインの作成にも携わった航空部航空計画室長の喜渡基弘と同室の今村喬広、グリーン社会戦略部エネルギー事業化支援室長の山下大樹の3人に、空港脱炭素化実現のポイントはどこにあるのか、話を聞きました。

INDEX

空港脱炭素化への取り組みはどのように進んでいるのか

2050年のカーボンニュートラルの実現を宣言した日本政府は、それに向けた道筋として2021年に第6次エネルギー基本計画を策定しました。航空分野の脱炭素化は、航空機の運航に伴うCO2排出削減と空港施設・空港車両からのCO2排出削減の2つが対象ですが、この基本計画では、①機材・装備品等への新技術導入、②管制の高度化による運航方式の改善、③SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の導入促進、④空港施設・空港車両のCO2排出削減等の取り組みを推進するとともに空港を再生可能エネルギーの拠点化する、という4つが掲げられました。そして空港脱炭素化の具体的な目標としては、2030年に各空港の温室効果ガス排出量を2013年度比46%以上削減し、さらに空港全体でカーボンニュートラルの高みを目指すこと、2050年にはカーボンニュートラルを前提に新技術の活用促進やクレジットの創出・利用拡大を図ることが定められています。
この空港脱炭素化の実現に向けて、国土交通省は2022年3月に「空港脱炭素化推進のための計画策定ガイドライン」を公表(現在は第二版に改訂)。さらに2022年12月には航空法等の一部改正を踏まえた航空脱炭素化推進基本方針を示し、各空港において空港管理者が中心となって具体的な目標や取組内容等を定めた計画を策定し、実行していくことを求めています。

そもそも空港脱炭素化とはどのようなもの?

空港の脱炭素化のために求められていることは、大きく2つあります。1つは「省エネ化の促進」、つまり空港施設、空港車両、航空機、空港アクセスからの温室効果ガス(CO2を基本とし一酸化二窒素、フロン等も含む)の排出削減、もう1つは「再エネ拠点化等の促進」、具体的には太陽光発電や水素などの再生可能エネルギーの導入です。

空港脱炭素化の主な取り組み
出典:「空港脱炭素化推進のための計画策定ガイドライン 第二版(令和4年12月)」(国土交通省 航空局)

項目主な取組内容
空港施設 空港建築施設(ターミナルビル、管制塔、庁舎、その他、事業者が所有するもの)の省エネ化/航空灯火のLED化
空港車両 空港車両のEV※1・FCV化※2/充電設備・水素ステーションなどの整備
航空機 誘導路整備による走行距離短縮/駐機中航空機のGPU※3利用 (高度3000フィート以下の運航が対象)
再エネ等の導入促進 太陽光発電/蓄電池・水素など
横断的な取り組み エネルギーマネジメント/地域連携・レジリエンス強化
その他の取り組み 空港アクセス、吸収源対策、クレジット活用など

現在、空港におけるCO2の排出量は空港施設と空港車両を合わせて約85万トンで、特に建築施設からの排出が74万トンと9割近くを占めています。内訳を見ると、旅客ターミナルビルからの排出量が45%と半分近くに上り、また地冷会社等のエネルギー供給施設からの排出量も27%と多くなっています。

施設等万トン-CO2
空港施設 建築施設 74
航空灯火 2
空港車両 GSE等※4 9
小計 85
航空機 駐機中 43
走行中 126
空港アクセス 自家用車等 133
合計387
空港における温室効果ガスの排出状況
出典:「空港の脱炭素化に向けた取り組み方針(令和4年2月)」(国土交通省 航空局)

日本の空港の脱炭素化の現状

空港の脱炭素化に関する2030年及び2050年の目標実現に向け、現在は空港管理者が推進計画を策定し、取組の母体となる空港脱炭素化推進協議会を組織してできるところから計画の実施に着手する、という段階にあります。しかし計画策定状況を見ても、日本における空港脱炭素化の取組はまだ十分ではないと言わざるを得ません。
例えば、空港脱炭素化の国際的な指標として国際空港評議会(ACI)が創設した空港カーボン認証(ACA)があります。レベル1の「CO2排出量の算定」からレベル5の「SCOPE1・2のネットゼロ達成、SCOPE3のネットゼロ達成コミットメント」まで5段階で認証するものですが、日本でACA認証を取得しているのは国内全97空港のうちの5空港となっています。

国名ACA取得空港数※5
アメリカ 54
カナダ 27
フランス 84
ドイツ 8
イギリス 24
イタリア 17
日本 5
出典: https://www.airportcarbonaccreditation.org/accredited-airports/(2024/7/30時点)より作成

空港名空港管理者公表先URL
成田国際空港 成田国際空港(株) https://www.naa.jp/eco/news/1201_23078.html
中部国際空港 中部国際空港(株) https://www.centrair.jp/corporate/csr/environment/activity/decarbon.html
関西国際空港 新関西国際空港(株) http://www.nkiac.co.jp/decarbonizing/index.html
大阪国際空港 新関西国際空港(株) http://www.nkiac.co.jp/decarbonizing/index.html
県営名古屋空港 愛知県 https://www.pref.aichi.jp/soshiki/kouku/datsutanso-keikaku.html
これまでに認定された空港脱炭素化推進計画一覧(2024年4月26日時点)
出典:「空港脱炭素化推進計画策定状況」(国土交通省)

計画策定主体会社地方
推進計画策定・認定 4 1 5
推進計画作成 27 27
協議会設置 25 25
推進計画策定状況 (2024年4月26日時点)
出典:「各空港における取組(空港脱炭素化推進計画の策定状況)」(国土交通省)

そのほか32空港が国が定める航空脱炭素化推進基本方針に基づき推進計画を策定し、25空港が協議会を設置していますが、その他の空港は脱炭素化に向けた検討を進めているところです。

空港脱炭素化における課題

取組の推進を阻む背景には、日本独特の空港管理運営体制があります。海外の空港では空港全体を国や地方公共団体、もしくは民間会社など、1つの事業者が管理運営しています。日本でも、成田国際空港、関西国際空港、中部国際空港等は1社で管理されていますが、それを除けば、滑走路や誘導路、エプロンは国や地方公共団体の所有、ターミナルビルは第3セクターを含む民間企業の所有・運営、航空機の運航に必要な地上業務は、航空会社あるいはグランドハンドリング会社の管轄というようにわかれています。特に、羽田空港等の大規模な空港では多数の事業者のビル施設が立地しています。また、ビル施設にエネルギー供給を行っているのも別会社です。つまり1つの空港の中に多くの事業主体が存在して活動しているのです。
個々の事業主体は、自社事業の範囲で省エネ化や再エネ導入、さらにはカーボンニュートラルの実現といった施策の検討を進めていますが、当然ながら空港全体の脱炭素化をいかに進めるかという視点は持ち合わせていません。管理者としての国や地方公共団体も、空港としての目標は定めても、個々の事業会社に対して完全な強制力を持って主導できるわけではありません。

空港全体をカーボンマネジメントする視点が鍵となる

個別の事業主体がそれぞれカーボンニュートラルを達成すれば、結果として空港全体のカーボンニュートラルが実現すると考える人があるかもしれません。しかし空港という限られた場所で、しかも敷地のほとんどが国や地方公共団体の所有という条件の下では、施策は限られ、単独でのカーボンニュートラルの達成は困難です。
例えばターミナルビルは、空調や照明に非常に多くのエネルギーを使っており、カーボンニュートラルの実現のためには、省エネ対策に加えて太陽光発電などの再エネの導入が欠かせません。しかし、自社の所有物であるターミナルビルの屋上だけでは、ビル全体のエネルギーを賄うほどの発電パネルを設置することはできません。かといって、他社のビル屋上や国のものである空港敷地内に勝手にパネルを設置することは不可能です。
また航空会社やそのグループ会社が所有するGSE車両をすべてEV化しようと思っても、充電設備が空港内に整っていなければ、車両を稼働させることができません。どのタイプの充電設備が空港内のどこに何台整備されるのかがわからなければ、EVの導入計画も運用計画も立てられないのです。他方、空港会社側でも、充電設備の需要がどのくらいあるのかがわからない限り事業採算性が見通せず、整備に着手できません。個社の枠を超えて空港全体のカーボンマネジメントを考える視点がなければ、空港の脱炭素化を進めることはできません。

空港の再エネ拠点化による地域連携・地域貢献

さらに空港の脱炭素化を考えるためには、空港が立地する地域の視点も欠かせません。もともと空港は航空ネットワークの拠点として、地域の経済や社会を支える重要な公共インフラです。地域の活力を維持する役割を担っており、空港の脱炭素化のための再エネ導入は、同時に地域の脱炭素化やレジリエンス強化としても検討される必要があります。
例えば、再エネ発電については、空港には太陽光発電の導入に活用できる広大な敷地があることから、空港内で消費しきれない余剰の電力が生まれます。これは周辺の公共施設や住宅、空港関連施設等へ供給することができ、大きな地域貢献になります。
災害発生時にも避難所等への送電線が整備されていれば、電力の供給が可能となります。また、EV化された空港車両は、そのバッテリーを使って避難所への電力供給ができます。また、空港は一般旅客や地域住民の避難所として使われることも想定されることから、非常用発電機が配備されていますが、再エネ発電や蓄電池、EV化された空港車両を活用すれば空調や照明などの利用範囲や利用時間を拡大することができます。
空港脱炭素化を目指した再エネ導入は、地域が求める防災拠点としての空港の価値をさらに高めることにつながるものであり、空港の脱炭素化は空港内の個々の事業者レベルではなく、また空港単独でもなく、地域との連携やレジリエンス強化を実現するものとして検討される必要があります。

空港による地域の脱炭素化実現のための戦略づくりが必要

空港脱炭素化のための省エネや再エネ導入に関する一つひとつの要素技術の多くは、決して新しいものでも技術的に難易度の高いものでもありません。空港脱炭素化を成功させる鍵は、空港に関わるすべてのステークホルダーの声に耳を傾け、空港の脱炭素化だけでなく、空港による地域の脱炭素化を全体最適として実現する戦略の立案と実施体制づくりにあります。
空港という国や地方公共団体の土地を誰がどのような条件で使って発電し、どの施設に送り、誰がどういう条件で使うのか、誰に環境価値を残し、それをどう使うのかという、周辺の地域を巻き込んだ大きな仕組みづくりが必要です。その際に特に重要になるのは、再エネ導入を、いかに持続可能な事業として構想し、育てていくかにあります。現在は再エネ導入に関する国の補助金などもあり、これを活用すれば目標数値の早期達成も可能になります。しかし補助金ありきの計画では再エネ導入を持続可能な事業として育てていくことはできません。求められているのは空港脱炭素を地域の発展に寄与する事業として根付かせていくことにあります。

パシフィックコンサルタンツにできること

当社は、国土交通省の「空港脱炭素化推進のための計画策定ガイドライン」づくりに参画し、空港分野におけるCO2削減方策の検討調査、再生可能エネルギー拠点化に向けた検討調査、脱炭素化に向けた検討調査などを担い、取組方針やガイドライン、マニュアルの策定を担ってきました。さらにその知見を生かして各空港の推進計画の策定支援を行い、現在計画を策定した32空港のうち、国管理の10空港と地方管理の3空港、合わせて13空港の推進計画策定を支援してきました。
また、当社は千葉県のむつざわスマートウェルネスタウンにおける 地元産ガス100%地産地消システム構築事業など、マイクログリッドの導入支援で多くの実績を持っています。
マイクログリッドとは、発電設備、蓄電設備、需要施設、送配電線で構成されるシステムで、地域の再生可能エネルギーと組み合わせることで脱炭素化に寄与するものです。また、災害時は電力・熱を供給する地域の防災拠点となり、さらに、他の事業と組み合わせることで地域活性化の拠点にもなります。実際「むつざわスマートウェルネスタウン」では、2019年9月の台風15号で千葉県内が広域的に停電するなか、道の駅一部施設と住宅に電気を供給し続け、温浴施設では近隣住民のべ800人以上の方に温水シャワーとトイレを提供するなど、その効果が明らかになりました。この経験やノウハウは空港脱炭素の推進計画づくりやその実行に活かすことができると考えています。

世界の空港で脱炭素化への取り組みが進む中、その流れに後れを取れば、空港としての競争力を失いかねません。近い将来には「空港カーボン認証を取っていない」「炭素クレジットが購入できない」「SAFの供給がない」といった理由から航空会社が就航してくれない空港になってしまうことも考えられます。
パシフィックコンサルタンツは空港に関わるさまざまなステークホルダーの皆さんと一緒に「空港があって良かった」と思われる空港の実現に向けて歩んでいきたいと思っています。

※1 EV(Electric Vehicle):電気自動車
※2 FCV(Fuel Cell Vehicle):燃料電池自動車
※3 GPU(Grand Power Unit):駐機中の航空機に電力や空調を供給するための固定式又は移動式の地上設備
※4 GSE車両:航空機地上支援車両(Ground Support Equipment)。主に旅客手荷物や航空貨物 の荷役,給油作業などのハンドリング作業をエプロン上で行う。
※5 ACA:空港カーボン認証(Airport Carbon Accreditation):空港管理者などを会員とする国際機関である国際空港評議会(ACI:Airports Council International)によって創設された、空港を対象とした唯一の国際的なカーボンマネジメント認証プログラム。

喜渡 基弘

KIDO Motohiro

交通基盤事業本部
航空部 航空計画室 室長

1997年入社。航空需要予測や空港整備計画、事業評価、防災計画、空港運営等に関するコンサルティングを専門として従事し、複数の空港コンセッションの運営権獲得をリード。近年は、空港分野の脱炭素化をテーマに持続可能な空港運営の実現に向け、ガイドライン策定や事業スキームの提案等、様々な課題解決に取り組んでいる。技術士(建設部門)。

今村 喬広

IMAMURA Takahiro

交通基盤事業本部
航空部 航空計画室

2010年入社。航空需要予測、事業評価を専門とし、防災、観光、空港運営、脱炭素等の時代の潮流に応じた空港整備マニュアルの作成や基幹空港の計画策定業務に従事。近年の脱炭素関係では、空港の地上を走行する航空機やGSE車両の低炭素化に向け、施策の導入・運用マニュアルの作成に取り組んでいる。

山下 大樹

YAMASHITA Daiki

社会イノベーション事業本部
グリーン社会戦略部 エネルギー事業化支援室

2016年入社。電力システム工学を専門とし、地域課題解決と脱炭素化の両方を推進する地域エネルギー事業化支援に従事。マイクログリッドや再生可能エネルギー電源などの計画・設計・事業化に多数の実績を持つ。近年は、空港分野、港湾分野等の様々な社会インフラの脱炭素化と、それに向けた課題解決に取組んでいる。博士(工学)。

Pacific Consultants Magazine

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