長期にわたり環境中に残存するプラスチックごみへの対応が世界的に大きな課題となっています。特に、微細なマイクロプラスチックによる海洋生物や人体への影響が懸念されていますが、発生源や移動・拡散の実態は十分に把握されておらず、有効な対策が難しい状況です。パシフィックコンサルタンツでは、陸域(流域)での発生から流達に至るまでの動態解明に向けた技術開発を進めています。今回は、その取り組みを担う国土基盤事業本部 流域計画部 水総合管理室の上原 浩と東海林 太郎に話を聞きました。
INDEX
- マイクロプラスチック問題とは?
- マイクロプラスチックの発生源
- 世界で加速するマイクロプラスチック規制ーEUの先行事例と国際動向
- 日本のプラスチック汚染対策の現状と課題
- マイクロプラスチックの発生から流出、流達過程を解析する「SIPHER」モデルとは
- 湖沼流域水物質循環モデルが「技術賞」を受賞
- 今後のマイクロプラスチック問題に対して
マイクロプラスチック問題とは?
世界で日々大量に発生しているプラスチックごみによる環境汚染は深刻度を増しています。環境省によれば、1950年以降に生産されたプラスチックは83億トンを超え、そのうち63億トンがごみとして廃棄されています。現状のペースで推移すれば、2050年までに250億トンのプラスチックごみが発生し、120億トン以上のプラスチックが埋立・自然投棄されるとみられています※。
プラスチックごみのなかでも特に問題視されているのが、マイクロプラスチックです。従来プラスチックごみの問題として取り上げられてきたのは、ペットボトルやレジ袋、使い捨てのプラスチック製品などがごみとして海に流れ込み、生態系を含めた海洋環境を悪化させていること、また、海岸に漂着して漁業や観光、船舶の航行に支障を来しているといったことでした。
しかし、プラスチックごみが紫外線などにより破壊され、ごく小さな(一般に5mm以下)マイクロプラスチックに変わり、さらに人の目には見えないようなナノレベルのものになって、海洋中だけでなく大気中にも大きく広がっていることが明らかになってきました。これまで、プラスチックごみは海洋汚染の問題として、海産物を通じた健康被害が主に懸念されてきました。しかし近年では、マイクロプラスチックが広域に存在することや、有害な化学物質を吸着しやすい性質が明らかとなり、生態系や人体への影響が一層懸念されています。
実際、亡くなった成人の脳や肝臓、腎臓からマイクロプラスチックが検出されたとの報告や、人の血管内に取り込まれたマイクロプラスチックが脳梗塞や心筋梗塞と関連する可能性を指摘する研究も出てきています。まだ因果関係が明確に立証されたわけではなく、研究途上ではありますが、人体への影響を懸念する声は日増しに高まっています。
※ 出典:『環境白書』(令和2年版 環境省)
マイクロプラスチックの発生源
マイクロプラスチックには、もともと製品として利用するために極小につくられた「一次マイクロプラスチック」と、ペットボトルなどのプラスチック製品がごみとして放置され、紫外線や風雨、さらに波などの外力により小さな細片状になった「二次マイクロプラスチック」の2種類があります。
一次マイクロプラスチックは、製品として意図的に微小なサイズで使用されるもので、洗顔料や歯磨き粉、化粧品、工業用研磨材などに含まれるマイクロビーズが代表例です。これらは非常に小さく、排水処理で十分に回収されず、そのまま河川へ流出する場合があります。 また、農業用肥料の被膜殻にもマイクロプラスチックが使用されており、肥料成分が溶出した後も殻が農地に残り、降雨時などに環境中へ流出することが懸念されています。
一方、二次マイクロプラスチックは、ペットボトルやレジ袋などのプラスチック製品が破砕・劣化して生じるものに加え、衣料由来の化学繊維や人工芝の破片、塗料、自動車タイヤの摩耗粉じんなど、日常生活のさまざまな場面から発生します。
このように、マイクロプラスチックの発生源は多岐にわたり、海洋だけでなく土壌や大気中にも広く存在していますが、その全体像はいまだ十分に把握されていません。さらに、ひとたび環境中に流出すると、現在の技術での回収は極めて困難です。レジ袋の削減やリサイクルだけでは対応しきれず、マイクロプラスチック対策の難しさが指摘されています。
世界で加速するマイクロプラスチック規制ーEUの先行事例と国際動向
マイクロプラスチックの拡散や残留という課題を前に、プラスチック汚染対策は世界で加速しています。2019年6月に開催されたG20大阪サミットにおいて、日本は2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を提唱。2022年2月にケニアで開催された第5回国連環境総会再開セッションでは、プラスチック汚染対策に関する法的拘束力のある国際文書について議論するための政府間交渉委員会(INC)を立ち上げることが決まりました。その後は委員会での議論が重ねられていますが、まだ条約策定には至っていません。
そのなかで、プラスチック汚染に対する取り組みで先行しているのがEUです。2030年までにマイクロプラスチックの排出量を30%削減することを目標としており、すでにマイクロビーズの使用制限、洗濯機へのマイクロファイバーフィルターの取付け義務化(フランスが先行実施)、自動車タイヤの摩耗粉じんに対する規制にも着手しています。
日本のプラスチック汚染対策の現状と課題
日本では2022年4月に「プラスチック資源循環促進法」が施行、「特定プラスチック使用製品12品目」の削減を事業者に求めました。また、2026年4月には「改正資源有効利用促進法」も施行され、再生プラスチックの利用計画の策定や定期報告が一定の事業者に義務づけられています。
一方で、ESGを念頭に置いた企業活動が求められるなか、投資家による企業評価では、水資源の確保(水量)や水質の維持、排水に伴う環境負荷・規制対応といった「水リスク」をどう捉え、どのような対策を講じているかが重要な指標の一つとなっています。
例えば、2000年に設立された国際的な環境非営利組織であるCDPは、企業や自治体に対して環境影響に関する情報開示を促しています。2023年からは新たにプラスチック汚染に関する項目が追加され、企業はプラスチックのバリューチェーン全体における影響評価やリスク対策がより一層求められています。
しかし、日本におけるプラスチックごみやマイクロプラスチック削減の取り組みは、必ずしも十分なものとはいえません。その理由のひとつは、人体への影響に関する研究がまだ始まったばかりで、明確なエビデンスが得られていないことにあります。人間が1週間に体内に取り込むプラスチック量は推計約5グラム(クレジットカード1枚分)、といった研究結果が話題になりましたが、仮に事実であっても健康への影響は十分に解明されていません。
もう一つの課題は、マイクロプラスチックの発生実態が十分に把握されていないことです。どこでどのくらい発生し、どういうルートで海洋や大気中に拡散しているのか、その全体像は明らかになっていません。また、自然界では分解されないものであることから、このまま環境中への蓄積が進めば、健康への影響がさらに大きくなる懸念があります。しかし、こうした実態が十分に把握されていないことから、有効な対策を講じることは難しく、現在も対策はプラスチック製品に対する3R(Reduce、Reuse、Recycle)の呼びかけが中心となっているのが現状です。
マイクロプラスチックの発生から流出、流達過程を解析する「SIPHER」モデルとは
マイクロプラスチック対策を実施するためには、マイクロプラスチックの流域での発生から流出、流達の実態を把握することが重要です。しかし、発生源は多種多様で、その把握は容易ではありません。農地のように面的に発生する場合や、平常時と降雨時で流出の仕方が異なることもあり、調査による定量的な把握は極めて難しいのが現状です。そこで、流出の実態を把握するために、数値計算の活用が検討されてきました。「分布型流域水物質循環モデル(SIPHER:シファー)」はその一つです。
SIPHERはパシフィックコンサルタンツの流域計画部水総合管理室が開発を進めてきたもので、河川や湖沼等の流域における水や物質循環プロセスのなかで、水、及び窒素やリンなどの物質がどう動いているかを解析するモデルです。
具体的には、流域をメッシュに分割し、河川網や土地利用形態、地形、地質などのさまざまな情報をインプットした上で、気象条件(雨や日射等)に応じて各メッシュにおける物質の動きを『蒸発散モデル』『地下水モデル』『地表流モデル』『河道流モデル』『点源負荷算出モデル』の5つの要素モデルとして一体的に解析します。雨により水と物質が流出や地下浸透、湧水、蒸発散等の過程を経て、河川を通じて湖沼や海へどのように流出するのかを、降雨の時間的な変化を考慮しながら解析します。このモデルを用いることで、水や物質がどこでどの程度発生し、どのような経路を通じて湖沼や海に流出しているのか、水・物質収支として把握できる点が大きな特徴です。
このモデルは、主に湖沼の富栄養化問題などの要因を探るために2002年頃から開発に取り組んだもので、印旛沼や手賀沼、琵琶湖、八郎湖、霞ヶ浦などの富栄養化による水質問題、窒素やリン、COD(Chemical Oxygen Demand:化学的酸素要求量)、TOC(Total Organic Carbon:全有機体炭素)等の解析に活用しています。

このモデルの解析項目にマイクロプラスチックを加えることで、流域のどこから、どの程度のマイクロプラスチックが発生しているのかを定量的に評価することが可能になります。完成したモデルを使えば、全国の任意の湖沼や河川の流域において、マイクロプラスチックがどこからどれだけ流出しているかを把握することができ、より有効な施策の選択につながります。
湖沼流域水物質循環モデルが「技術賞」を受賞
SIPHERモデルは、滋賀県による琵琶湖の湖沼水質保全計画の策定における水質予測をはじめとして、難分解性有機物の起源の特定、気候変動による影響予測などにも活用され、各種政策の決定に活かされてきました。日本水環境学会は、2024年度の技術賞に「琵琶湖流域水物質循環モデルの構築と政策活用」を選定、パシフィックコンサルタンツの上原も共同研究者のひとりとして受賞しています。
この技術賞では、単なるモデル開発に終わらず、具体的な政策活用や計画づくりに活かされたという点についても高く評価されています。当社では、SIPHERモデルのマイクロプラスチック実装とさらなる高度化に取り組みながら、自治体におけるマイクロプラスチック対策の検討に活かしたいと考えています。
今後のマイクロプラスチック問題に対して
マイクロプラスチックは環境中に流出すると、ほとんど回収することができない上に自然には分解されません。いまこの瞬間にも発生しているマイクロプラスチックは、地球上に蓄積され続け、未来に大きな問題をもたらすおそれがあります。
パシフィックコンサルタンツは、「未来をプロデュースする」というビジョンを掲げています。豊かで美しい地球を次の世代に引き継いでいくためにも、マイクロプラスチック問題への取り組みは非常に重要であると考えています。現在はSIPHERモデルの開発による解析を進めていますが、その成果をもとに、より具体的で効果的な対策の立案や、実施による効果検証を通じて、さらなる施策の高度化につなげていきます。