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流域治水とは?

流域内のあらゆる主体が連携する“総力戦”をいかに推し進めるのか

流域のさまざまな主体が一体となり、ハード・ソフトの両面から取り組む治水対策として打ち出された流域治水。水系ごとに取り組みの全体像を明確にする「流域治水プロジェクト」も始まっています。しかし、担い手が多く対策も多岐にわたることから、具体的な連携のあり方や優先して取り組むべき対策、その効果が見えにくいという声も聞かれます。課題を克服し、いかに本格的な展開につなげるのか、パシフィックコンサルタンツで流域治水の取組の先頭に立つ技師長の平川了治、社会イノベーション事業本部 交通政策部 都市マネジメント室の長尾将吾、国土基盤事業本部 流域計画部 地域治水計画室の鈴木はるか、デジタルサービス事業本部 DS推進室兼防災事業部 レジリエンス推進室の前田弘晃の4人に話を聞きました。

INDEX

なぜ今、「流域治水」なのか

従来の河川管理者主体・ハード中心の治水からの転換の背景にあるのは、気候変動に伴う水害の激甚化・頻発化です。気象庁のデータによると、雨の降り方だけを見ても、時間雨量が50mmを超える短時間強雨の発生件数は、1976年~1985年の10年間では平均226回でしたが、2015年から2024年の10年間では334回となり、約1.5倍に増えています。今後も、温暖化に伴う海水温上昇による降水量の増加や台風の大型化による被害の拡大は避けられないと見られています。

さらに、水害は複合化し、より深刻なものになっています。例えば、地震で緩んだ斜面に集中豪雨が発生して斜面崩壊が多発し、多くの土石流が発生して大量の土砂や流木が下流域に流れ込み、橋や堤防、さらに建物を破壊するということが起きています。また、発電所や上下水道施設が被災して都市機能が麻痺するといった二次災害に発展するケースも見られます。

こうしたなかで国は治水に対する考え方を大きく転換しました。集水域と河川区域のみならず、下流の氾濫域も含めて流域全体で治水対策を考える「流域治水」へと舵を切り、地域の特性に応じて、①氾濫をできるだけ防ぐ、減らす、②被害対象を減少させる、③被害の軽減、早期復旧・復興につなげる、の主に3つの対策を、ハード・ソフト一体で多層的に進めています。

集水域、河川区域、氾濫域のすべてで総合的に取り組む流域治水
集水域、河川区域、氾濫域のすべてで総合的に取り組む流域治水
出典:「流域治水の基本的な考え方」(国土交通省)

流域治水は、なぜ進みにくいのか

これからの水害対策が、流域全体で取り組む総力戦であるということに異を唱える人はいません。ところが、課題は多く、取り組みが進まない現状があります。1つは、対象となるフィールドが極めて広く、関係する主体も、国や都道府県、市区町村、民間企業、住民と多岐にわたり、対策もさまざまという点です。誰が何をするのか、対策群をどう連携させるか、対策の結果、流域にどういう効果が生まれるのか、ということが見えにくいことも課題です。特に、従来の集水域や河川区域に加えて、新たに求められている氾濫域での被害軽減や早期の復旧・復興のための対策については、これまでの取り組みの蓄積も不十分です。要素技術の開発や実装のノウハウが不足し、取るべき対策やその効果、取り組む自治体や企業、住民にとっての具体的な効果やメリットが見えていません。

流域治水の推進に向けたアプローチ

アプローチ①水害対策とまちづくりを一体で評価する

例えば「リスクの低い土地への移転」が有望な選択肢といわれています。しかし、自治体にとってまちづくりの課題は水害対策だけではありません。人口減少や少子高齢化を見通しながら、中心市街地の活性化や産業の育成、日常的な生活環境の維持、教育や医療・介護サービスの安定した提供、安全な移動手段の確保などをいかに進めるのか、持続可能なまちづくりという観点で多くの課題があります。水害対策だけを優先させたことで、他の課題解決がより難しくなることも考えられます。水害対策+まちづくりという両輪の施策を打つことによって、水害対策にもまちづくりにも効果的であるという正の循環をつくらなければなりません。そのためには、水害対策のみならず、まちづくりを含めた分野横断的な視点で効果を定量評価することが必要です。

アプローチ②ハザードマップの緻密化でビジネスを支援する

氾濫域における流域治水を進めるためには、いかに水害に強い土地として造成し、住宅を提供するかという点で、民間の不動産開発事業者や住宅会社にも大きな役割があります。しかし、この分野における民間企業の取り組みはあまり進んでいません。ビジネスモデルとして未確立であり、投資のメリットも見えないからです。現状はその土地がハザードマップ上で土砂災害警戒区域にあるのかどうかをチェックし、土砂災害警戒区域にあるとすれば住宅販売をしても売れないので開発をあきらめる、といった情報理解をする程度です。その土地や建物の価値を高める企業独自の取り組みにつなげることはできていません。

しかし、例えば不動産開発事業者が所有する土地における土砂災害のリスクが詳細にシミュレーションできれば、公表されているハザードマップをさらに緻密化することにつながります。どの程度の降雨の時に、どこからどのように斜面崩壊が起こり、土石流化した土砂がどのように広がってくのかということがわかれば、土地の造成やゾーニングの仕方、塀の位置や方向や緑地の設け方、避難動線の工夫といった対策につなげることができるのです。仮にハザードマップ上の警戒区域内であっても、独自の対策によってリスクを軽減し、土地の価値を高めることもできます。また住宅設計においても、その土地の浸水や土砂災害のリスクを踏まえた水害に強い家になるよう、水理学等の工学的知見を活かして工法を工夫したり仕様を強化したりすることで、地震や火災だけでなく水害や土砂災害も含めてオールハザードに強い家という、より高い価値を持った住まいを提供することができ、新たなビジネスにつながります。

詳細な災害リスクシミュレーションをもとに、土木と建築を掛け合わせ土地利用の高度化や建築の付加価値向上が実現できれば、水害対策をビジネスの強化につなげることができ、民間企業の流域治水への参加を促す大きな力になります。

土砂災害リスクの緻密化のイメージ
土砂災害リスクの緻密化のイメージ
既存資料をもとに当社にて作成(提供:京都大学寄附研究部門RiSM竹林教授)

アプローチ③個別リスク評価に基づく対策高度化と地域機能・価値の向上

氾濫域における流域治水の取り組みでは、氾濫域も含めた地域全体で水害リスクを低減することが求められており、その中で基幹工場や大規模事業所をどう守るかは重要な課題です。水害による影響は一企業にとどまらず、操業停止が長期化すればサプライチェーンを通じて周辺の中小企業や地域経済に波及し、広範囲にダメージを与える可能性があります。しかし、行政による公開情報としてハザードマップ等が全国的に整備されてきているにもかかわらず、これらが具体的な対策に十分繋がっていないという状況があります。その背景には、ハザードを「リスク」として評価できていないため、具体的な対策や投資判断に結びついていないことが挙げられます。

例えば、役割と設備内容の異なるさまざまな建屋が並ぶなかで、どこに設備上の脆弱性があるのかを把握する必要があります。さらに、それが浸水の進行によって生産ラインにどういう影響をもたらすのかを把握することで、はじめて現実的な対策の優先順位や投資規模を明確にすることができます。こうしたリスク評価を個別拠点レベルで行えば、「どの規模の水害に対応するのか」「どこまで事業継続を確保するのか」といった目標設定が可能となり、その達成に必要な対策を具体化できるのです。これに基づく対策の実装は、自社の事業継続性を高めるだけでなく、地域全体の被害の縮減につながり、流域治水の実効性を高める重要な要素となります。

また、都心部で特定の地区を再開発するデベロッパーにも、流域治水の担い手として、大きな役割があります。流域治水への対応は災害対応にとどまらず、開発事業における収益性・競争力を左右する経営課題です。近年では、水害リスクが不動産評価やテナント選定、投資判断に影響を与えるケースが増えており、将来リスクを適切に織り込めているかが、開発事業の競争力を左右します。したがって、こうしたリスクを適切に把握・可視化できれば、対策の優先順位や投資判断の精度が大きく向上します。浸水の進行を時系列で分析し、「どの降雨規模でどこから浸水するのか」「どの設備・空間がボトルネックとなるのか」を明確にすることができれば、過剰でも過小でもない合理的な対策が可能になります。具体的には、以下に示す事業面でのメリットにつなげることができます。

  • 設計段階での事前対策の高度化(設備配置、止水計画等の最適化)
  • 安全性を付加価値としたテナント誘致力の強化
  • ESG・SSBJ基準への対応を通じた投資家への説明力の向上
  • 将来リスクを織り込んだ資産価値の維持・向上

※ 日本企業のサステナビリティ情報開示を強化するために策定されたESGに関する基準

さらに、地区全体でのリスクを踏まえた対策を関係者と共有することで、費用対効果に基づく合意形成が容易になり、大規模再開発における意思決定の迅速化と高度化に直結します。

こうしたミクロなリスク評価に基づく対策の高度化の積み重ねは、災害に強い都市基盤の形成を通じて、最終的には当該地区全体の機能・価値向上を実現するものといえます。

個別リスク評価に基づく対策高度化による被害低減・早期復旧と地域価値の向上
個別リスク評価に基づく対策高度化による被害低減・早期復旧と地域価値の向上

パシフィックコンサルタンツにできること

流域治水の推進は総力戦であり、そうでなければ効果を発揮することができません。実現のためには2つの重要なポイントがあります。1つは、持続可能なまちづくりとしてのコンパクトシティの実現という長期目標と齟齬のないものとして対策を推進することです。そしてもう1つは、流域治水の担い手を行政単独から民間へと拡大していくことです。この2つを抜きに、流域治水は実現しません。そのために今最も必要とされているのが、対策群の効果を多面的に定量評価してまちの将来のあり方を選択する手法の確立と活用であり、流域治水への民間企業の積極的な参入を促すビジネスモデルの確立です。

パシフィックコンサルタンツは、総合建設コンサルタントとして75年に及ぶ歴史を持ち、新たな流域治水への取り組みにおいても、交通計画分野の業務の中で積み上げた応用都市経済モデルを活用した「対策群のもつ多面的な効果の定量評価手法」開発にいち早く取り組んでいます。応用都市経済モデルは、都市・交通施策が都市構造に与える影響を分析・予測・評価するためのモデルです。このモデルを応用し、水害対策と合わせてまちづくり(居住や産業の誘導等)を進めたときに、水害リスクの低減のみならず、まちづくり、経済、産業、環境などさまざまな側面においてどのような効果につながるのか、ということを定量的に評価することを考えています。治水対策が、同時にまちづくりとしてどういう価値を持つかを明らかにすることができるもので、まさにEBPM(Evidence-Based Policy Making)、つまり客観的なデータに基づくまちづくりの政策立案につながります。

対策群のもつ多面的な効果の定量評価手法のイメージ
対策群のもつ多面的な効果の定量評価手法のイメージ

また、河川分野で培った洪水の詳細なシミュレーション技術を氾濫域に適用することにより、住宅地や工場、ビルに対する詳細な浸水解析ができるようになっています。すでに多くの自治体や大規模工場を運営する企業、土地の開発を進める不動産会社、都心の一等地でまちづくりを進めるデベロッパーなどとの間で、氾濫域における被害の最小化をいかに実現するのか、具体的な検討を進めています。

さらに、ハウスメーカーとの提携により地震や火災だけでなく水害を含むあらゆる災害に強い住宅の開発やブランド化を図ることも検討中です。

流域治水は多分野連携によってはじめて成り立ちます。パシフィックコンサルタンツは幅広い技術分野を有する総合力を強みに、ハブになることができると考えています。すでに若い次世代技術者が情熱をもって主体的に、柔軟な発想で先端技術を使いこなし、建設コンサンルタントの枠を超えた活動を進めています。これからも流域で活動するあらゆる主体と連携して、流域治水をさらに前に向かって推し進めていきます。

平川 了治

HIRAKAWA Ryoji

技師長

1991年入社。河川・防災分野を専門とし、治水計画や防災減災対策に長年取り組む。現在は技師長として国土強靭化や機能停止ゼロ社会の実現に向けた事業構想・技術開発を推進している。技術士(総合技術監理―建設―河川、砂防及び海岸・海洋、建設―河川、砂防及び海岸・海洋)。

長尾 将吾

NAGAO Shogo

社会イノベーション事業本部
交通政策部 都市マネジメント室 主任

2021年入社。公共交通計画の策定支援や交通インフラ整備に関する政策・事業評価業務に従事。人流データや交通需要予測技術を活用し、自治体や民間鉄道事業者を対象に交通施策の効果検証を行い、施策実施の意思決定を支援。近年は、経済モデルや土地利用・交通モデルを用いた都市・交通政策の評価に加え、都市・地域におけるマイクロモビリティの活用可能性の検討などにも取組中。技術士補(建設部門)。

鈴木 はるか

SUZUKI Haruka

国土基盤事業本部 流域計画部
地域治水計画室

2022年入社。入社以来3年間、発展途上国におけるODA事業を中心に、河川管理や洪水対策等の技術協力業務に従事。現在は国や地方自治体を対象とした河川計画や流域治水に関する調査・計画業務に携わる。また、衛星画像解析やAIを活用した災害リスク評価、民間企業との共創による防災サービスの社会実装にも取り組んでいる。技術士(建設部門)。

前田 弘晃

MAEDA Hiroaki

デジタルサービス事業本部
デジタルサービス推進室 兼 防災事業部 レジリエンス推進室

2020年に入社後、河川計画・治水計画や氾濫解析等の河川防災分野に従事し、気候変動を踏まえた治水計画検討やリアルタイム浸水予測システムの開発に携わる。その後、民間企業を対象に水災害リスクの分析や防災対策の検討、BCP/BCM支援を推進。近年はデジタルサービス事業本部に参画し、防災分野の知見を活かし、共創企業との事業開発やサービス開発、マーケティング支援業務を担当。技術士(建設部門)、防災士。

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