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エリアレジリエンスとは?

災害に強いまちづくり・ひとづくり

2024年8月8日、宮崎県日向灘で発生したマグニチュード7.1の地震を受け、気象庁は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を発表しました。「いつかくる」といわれている国難級の災害を改めて身近に感じた出来事でした。ひとたび巨大災害が発生すれば、行政の支援だけに頼ることはできません。そこで今注目されているのが、官民連携や企業間連携によるエリアレジリエンスです。デジタルサービス事業本部 防災事業部 流域防災事業室長の飯田進史にエリアレジリエンスとは何か、どのような準備が必要なのか、話を聞きました。

INDEX

エリアレジリエンスとは何か

巨大災害に直面したときに、いかに国としての持続的な発展を維持していくか――その重要なキーワードとして浮かび上がってきているのが「エリア」としての一体的な取り組みです。

エリアレジリエンスとは「いつか来る国難級の災害リスクやそれに必要となる対応について理解し、激甚な被害が発生しても、エリアとして適応できるように備え、早期に復旧・復興することで持続的な発展ができるように利害関係者の一人ひとりが行動すること」です。
これまでの経験でも明らかですが、阪神・淡路大震災や東日本大震災のような巨大災害が発生すると、行政による救急・救命活動や緊急物資支援などの公助は必要十分に機能を発揮することができません。そこで、自助・共助による地域としての備えを公助と両輪で進めることが求められてきました。この自助・共助は、命や生活を守るための地域コミュニティでの取り組みが中心です。

現在、想定される首都直下地震や南海トラフ地震といった巨大災害は、経済活動が極度に集中する都市域や大規模工場が集積する臨海地区、それらと住宅地が混在する地方中核都市を含んでいます。エリアレジリエンスは、従来の地域コミュニティによる防災を含む概念ですが、それだけでは捉えきれません。例えば、災害が発生したときに、工場が被災しなくても周辺住宅地が壊滅的な被害を受けては働き手が確保できませんし、原料や部品を供給するサプライチェーンが被災しても、やはり工場は稼働できません。逆に住宅が被災せずとも、職場や学校、商店街が被災すれば生活ができず、親戚の住む遠い土地に転居せざるを得ないケースもありました。

災害をきっかけに転居・転校し、新しい土地での生活が軌道にのると復興後になかなか元の土地へ戻ってこられないといったことが起きているのです。災害は行政境界に関係なく発生するため、災害時に運命共同体となる様々なエリアという単位でリスクを捉え、エリアとして防災・減災、復旧・復興に備えて行こうと考えたのがエリアレジリエンスです。

地域活性化や経済発展を目的に、同じエリア内において組織を越えて平時からスクラムを組む多様な利害関係者一人ひとりが、災害リスクや防災を自分事として考え、相互理解と協力に基づいて強靭な「まちづくり、ひとづくり」を行うことこそ、今求められている防災の姿なのです。

エリアとはどこを指すもの?

エリアレジリエンスとして扱うエリアは、流域や氾濫原、産業・経済が集積する圏域、大規模開発地区、工業団地とその関係地区などいろいろな括り方ができます。例えば河川流域では堤防整備、ダム建設・再生などの対策だけではなく、都市域や農地・森林域も含めてあらゆる関係者で水災害対策に取り組んでいくことが求められます。特に、流域内企業では雨水貯留機能の拡大、水害リスクの高い土地からの移転促進、工場や建築物の浸水対策やBCPを策定することが期待されており、これらの取り組みが重なり合って推進されることでエリアとしての被害軽減や早期復旧・復興に繋がります。

また、大都市のターミナル駅や何万人もの収容力のあるイベント会場、大学やショッピングセンター、工業団地などとその周辺地域を一体で1つのエリアと考えることができます。駅や施設単体で防災に取り組むのではなく、接続するオフィスビルや交通機関、隣接する商業施設、イベント施設まで運命共同体のエリアとしてその利害関係者が協力して防災インフラの整備や帰宅困難者対策について取り組むことが実効性のある対策に繋がるのです。

エリアで捉えることでリスクを自分事化する

国は、南海トラフ地震が起きると、震度7の激しい揺れや10メートルを超える大津波が太平洋沿岸を襲い、最悪の場合、死者は32万人を超え、経済被害も220兆円を超えると想定しています(内閣府公表データ)。しかし、この数字を自分事として捉えることは容易ではありません。全体像を把握すべき行政には大事な被害想定ですが、災害リスクを自分事化するには、自分の身の丈や行動範囲にスケールダウンするとイメージが湧きます。例えば子どもが通学中のお寺の外壁沿いで、自分は出張中の新幹線車内でなど、自然災害がいつどこで発生し、誰と何をしているときに遭遇するのか、そして自分の生活や仕事にどのような影響を与えるのか考えることが被害像のイメージアップにつながります。さらにこれをエリアに拡大して考えることで、被災者数と支援者数のバランスも想像でき、行政による救命・救助活動やきめ細かい情報提供には限界があることを実感できます。

また、エリアで防災を捉えることは事前復興にも大きな価値をもたらします。事前復興というのは、巨大災害で壊滅的な被害が発生することを前提とし、家屋連坦による道路拡幅ができないなど従来の前提条件にとらわれず、エリア本来の特性を踏まえたまちづくりのあり方を、被災する前から考えておこうというものです。被災後に検討を始めると、例えば思い切って高台に移ろうという人と、やはり住み慣れた場所が良いという人が対立し、スムーズに復興が進まないということがあります。それぞれのエリアにおけるありたい姿と復興ストーリーが事前に描かれていることで、地域のエンゲージメントが高まり、万が一壊滅的な被害を受けても遠方へ転居することなく、早期の復旧・復興に向けて総力戦で対応できるのではないかと思います。

エリアレジリエンスのために具体的に何をすべきか

エリアという括りで防災を考えたとき、大きな力を発揮するのが地域の産業や経済を支えている企業です。国の防災基本計画でも災害時に企業の果たす役割として、①従業員、顧客の安全確保、②経済活動の維持、③地域住民への貢献の3点を掲げています。そもそも企業は労働契約法で労働者の生命や身体の安全を確保するための配慮をする義務を負うものとされており、これは災害時にも適用されます。もし災害防止の措置をとらなかったことによって従業員が被害を受けた場合は、安全配慮義務違反になり、従業員に対する損害賠償責任が生じます。大規模な災害が発生して従業員が安全に帰宅できない場合に備えて、飲料水や食料品、災害用トイレ、毛布などの備蓄をしておくことは企業の義務です。

また、社内に安全にとどまれるようにして徒歩帰宅を抑えることは、帰宅しようとしてターミナル駅に大勢の人が滞留したり、車道にはみ出して多くの人が歩くといった事態を回避するという意味で、エリアの安全性を高めることにつながります。企業は、事業継続計画(BCP)の策定や防災マニュアルの作成、防災用品の備蓄、避難訓練の実施に加え、地域への貢献について検討することが求められており、エリアとしてどういう被害が考えられ、その被害軽減のために自社がどういう役割を果たすのかをあらかじめ明確にしておくことが求められています。

実際、大人数を収容するイベントホールや、大型商業施設などでは災害発生時に数万人の安全を確保する必要があります。慌てて帰宅しようと外に出てしまうと、周辺に人があふれ、危険な状況を招いてしまうからです。これは行政と商業施設を越えてエリア全体としての連携がなければ対応できません。

また日本の地方都市には「企業城下町」と呼ばれるものがあります。1つのまちの中に本社や主要工場が集中し、多くの関連企業も集まっていて、住民のほとんどがその会社に関係しているという地域です。この地域で災害が発生し、事業が止まれば当然関連企業や協力企業に波及し、地域全体の生活が脅かされることになります。飲食、娯楽、商業は顧客やサービスの提供先を失い、教育、医療なども継続が難しいでしょう。この企業のBCPでは同時にエリア全体を自分事として考えていく必要があります。

2024年8月の台風7号の接近では東海道新幹線が一部計画運休になりました。「実際の台風は進路がずれて空振りだった」「ギリギリまで動かすべき」といった声も一部にありましたが、エリアレジリエンスの観点からは価値ある判断でした。列車の安全運行の確保や乗客の安全だけでなく、計画運休の発表によってそもそも人が駅に来ない、脆弱な都市へ人を移動させない、被災が想定される地域の施設も臨時休館する、という波及効果があり、人の動きを抑える役割を果たしたからです。

災害リスクの大きさは台風や洪水(ハザード)と人や財産(暴露)、対応能力の低さ(脆弱性)の掛け算で決まります。つまり、危険な場所に人が集まらないようにすることでリスクは低減します。その点で非常に有効な取り組みでした。「空振り」などと否定的に見るのではなく、積極的に評価する意識こそ育てなければならないと思います。

エリアレジリエンスのためにパシフィックコンサルタンツが取り組んでいること

①リスクと対応の見える化・自分事化

エリアレジリエンスは、巨大災害が発生するとこのエリアで何が起こるのか、それが事業活動へどう影響するのかという「被害像」と、それを受けてどのような災害対応や復旧活動が必要となるのかという「対応像」、これらを利害関係者の一人ひとりが自分事としてリアルにイメージすることから始まります。巨大災害は広域で発生し、その被害は複雑に連鎖します。そのため、1社、1施設、1人という単位での防災活動を行う考えから脱することが必要です。同時多発的に被災し、相互に協力すべき集合体であるエリア全体の被害像と対応像をイメージしなければなりません。

企業においても、巨大災害がどのようなリスクをもたらすのかは、1社の視点だけでは明確になりません。私たちが協力したある大規模工場におけるBCPの見直しでも、当初ライフラインは2週間後には再稼働できる計画になっていました。しかし、工場周辺の被害想定から輸送の乱れ、復旧資機材の調達への支障や外部支援の可能性を見える化し、復旧に向けたタイムラインを引いて検討すると、ライフラインの再稼働には最低でも2か月を要することがわかりました。実効性の高い早期復旧計画とするためには、工場周辺の被害想定から交通インフラの状況や復旧に関わる支援体制を確認し、エリアとして俯瞰していくことが大切です。ただし、都道府県から公表されている地震の被害想定などでは行政単位の被害数値がわかりますが、事業影響や身の丈のエリアでのイメージがしづらいところがあります。

その点では数多くの被災状況調査や復旧・復興への取り組みを進めてきたパシフィックコンサルタンツは大きな力を発揮することができます。自然災害の発生現象から事業影響、災害対応から広域応援、復旧工程まで全体を俯瞰する視点で「こういうことも想定できませんか」と被害や影響について仮説を立て、問いかけと見える化をしながら進めることで「被害像」と「対応像」のリアルなシナリオを描くことにつながるからです。しかも当社には、近年激甚化する水災害の気候変動影響など詳細な分析をはじめ、洪水、土砂災害、高潮、地震・津波、火山などについて専門的な知見をもつ技術者が数多く存在し、わかりやすいシミュレーションも行っています。施設・設備の被害についても、構造や建築・設備・エネルギーの専門技術者による厳密な被害想定を行うことができます。大規模工場やターミナル駅では構内だけでも多くの関連部署や組織内の調整が必要です。対応にはさらに周辺エリアの利害関係者との協力関係の構築が必要となります。私たちがまとめ役として加わることで、リスクと対応の自分事化が推進され、エリアとして自立した取り組みとなることを目指しています。

②エリアの防災と持続的な発展を担う「ひとづくり」

また、当社では企業の担当者(工場の方)や学校職員などへのBCP研修や訓練、小学生向けの防災教育にも取り組んでいます。特に子どもたちへの啓発は、エリアレジリエンスの重要な要素です。彼ら自身が地域の特性や歴史を学び、興味を持ち、地域のエンゲージメントと防災意識の高い大人として地域で振る舞うことができるようになるのです。最近では、XR(クロスリアリティ)の技術を活用して災害現象を体験することで、より意欲的に自分事として防災学習に参加してもらえるようになっています。このようにエリアのエンゲージメントを高めることもエリアレジリエンス強化における大切な要素だと考えています。

さらに、災害対応の高度化に向けたDX(デジタル・トランスフォーメーション)にも取り組んでいます。エリアの利害関係者が協力して災害対応を行うためには、いつでもどこでも迅速かつ効率的に状況把握を行い、リスクや被害発生状況についても相互理解をした上で一緒に対応することが求められます。そこで活躍するのがドローンによる施設監視や災害対応支援システムです。これには訓練モードが付いており、育成や研修にも活用することができます。

パシフィックコンサルタンツは73年間で培った土木・防災技術に基づくコンサルティングとデジタルサービスを礎として、エリアの皆さんとともに流域・圏域のレジリエンス強化を実践していきたいと考えています。

飯田 進史

IIDA Shinji

デジタルサービス事業本部
防災事業部 流域防災事業室 室長

1999年入社。専門は水防災、リスクコミュニケーション。これまで、1999年福岡豪雨、2000年東海豪雨、2002年欧州洪水、2004年新潟豪雨、2011年東日本大震災、2013年台風ヨランダ、2017年九州北部豪雨、2019年東日本台風など国内外の多くの災害調査や、国土交通省や企業の防災・BCM・DXに係るコンサルティング、フィリピン国災害リスク軽減・管理能力向上プロジェクトなどに従事。技術士(建設、総合技術監理)、防災士。

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