気候変動に伴う海面水位の上昇や台風の大型化などを背景に、港湾を浸水被害からいかに守るのかが大きな課題となっています。ところが、港湾は広い地域に公共・民間のさまざまな主体が存在することから、一主体単独では効果的な対策を取ることができません。そこで求められるのが、すべての関係者が共通の目標の下に一体となって取り組む「協働防護」です。国からも「協働防護計画作成ガイドライン」が公表され、今後、各港湾での取り組みが本格化します。パシフィックコンサルタンツ港湾部 港湾海岸室 室長の大家隆行と港湾計画室 チーフプロジェクトマネージャーの神野竜之介に協働防護への取り組みの最新動向について話を聞きました。
INDEX
- 港湾で高まる気候変動対策の重要性
- 港湾における気候変動への適応を後押しする制度設計と支援策
- 社会的に高まるリスク評価の要請
- 港湾における気候変動への適応の現在地とパシフィックコンサルタンツの果たす役割
港湾で高まる気候変動対策の重要性
港湾や道路、橋などのインフラに対して、気候変動によるさまざまな影響に適応できるよう対策を施し、その機能を維持することは、国民生活を支えるうえで極めて重要です。なかでも港湾は、発電所や製油所、製鉄所、化学工場などの多くの産業が集積し、そこで使用する資源・エネルギーの多くが港湾を経由しています。日本の貿易量の99%以上は船舶による海上輸送で行われており、もちろん埠頭からは客船も出入港します。港湾の機能維持は海洋国家である日本の生命線といって過言ではありません。
ところが、港湾の安定的な運用に対する脅威は増しています。南海トラフ地震など、巨大地震に伴う津波の襲来が予想されるだけでなく、地球温暖化による海面水位の上昇や、台風の巨大化に伴う波高や潮位偏差の増大によって、浸水被害が発生する可能性が高まっているからです。今後は、気候変動に対応するために、護岸を嵩上げするなど港湾を浸水から守り、物流機能や産業機能を維持することが求められます。
港湾の管理者は、立地する都道府県などの地方自治体です。また、港湾には多様な主体が集まり、公共目的にも民間の企業活動にも利用されています。敷地も公有地と民有地が混在し、岸壁(物資の荷揚げや船舶を係留する施設)も護岸(背後用地を守る施設)も公共のものと民間のものがあります。
そのため、ある一主体が浸水の防護を行っても、他の場所から浸水があれば効果が限定的となる可能性があります。仮に護岸が連続していても、高さが異なれば低いところから浸水し、また、整備の時期が異なれば、未整備のところから浸水してしまいます。港湾の防護機能を高めるためには、すべての関係者が共通の目標を立て、同一の整備方針の下で時期を同じくして対策を行うことが必要です。そこで打ち出されたのが「協働防護」という考え方です。
出典:「港湾における気候変動適応策の実施方針」(国土交通省)
協働防護の実現に向けて港湾法も改正され(2025年4月23日公布)「気候変動に伴う海水面上昇に対応した港湾の保全」について、次の3点が新たに盛り込まれました。
○護岸の嵩上げ等といった、官民協働の取組を促進するための協働防護計画制度の創設
○港湾管理者・立地企業等からなる同計画の作成・実施に関する協働防護協議会の設置
○協働防護計画に基づく取組を促進するための協定制度の創設
具体的な協働防護の取り組みのイメージは、次のようになります。
1. 気候変動による影響の
分析と港湾計画の軽易な変更

気候変動による影響を分析し、気候変動による平均海面水位の上昇等に適切に対応していく方針を記載する等、港湾計画の軽易な変更に向けた検討を実施
2. 協働防護協議会の設置と
適応時期及び適応水準等の検討

港湾管理者、施設所有者、市町村、学識経験者、港湾利用者等で協議会を組織し、適応時期や、適応水準等を検討
3. 協働防護計画の作成と
対策の実施

協働防護協議会での協議結果を踏まえた協働防護計画を作成し、関係主体が対策を実施
協働防護の考え方が示されたことで、港湾管理者は港湾法を根拠に協働防護協議会の設立を呼びかけ、対策の検討に着手することができるようになりました。あるいは、自社の防災対策を強化するため護岸の嵩上げを検討している企業が、港湾全体で取り組まなければ効果がないと考え、港湾管理者に「協働防護協議会を設置してほしい」と要請することもできます。
出典:「港湾における気候変動適応策の実施方針」(国土交通省)
港湾における気候変動への適応を後押しする制度設計と支援策
協働防護の考え方の導入と並んで、港湾施設の技術基準も改正されました。風や潮位、波浪に関して設計に用いる数値について、従来の「実測値または推算値を基に」という表現から「当該施設の設計供用期間中の時間変化を勘案して」と変更。気候変動の影響を考慮することが明記されたのです。
また、改正港湾法に基づく協働防護計画の策定を支援するものとして、2025年6月に国土交通省港湾局より2つのガイドラインが公表されました。1つが「協働防護計画作成ガイドライン」、もう1つが「港湾立地企業における気候変動リスク評価手法ガイドライン」です。
前者は、主に港湾管理者を対象に、官民一体で取り組む「協働防護」の計画作成を実務の面から解説したもの。後者は、主に民間の港湾立地企業を対象に、気候変動に関する情報開示に取り組めるよう、海面上昇や台風の強度増加がもたらす物理的リスク、特に高潮・津波による浸水リスクの評価に関する具体的なポイントを解説したものです。定性的な評価から数値解析による詳細な評価まで、港湾立地企業の検討状況に応じた手法を示しています。
※ガイドラインは下記
国土交通省『「協働防護」による港湾の気候変動対応』
<概要> https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001892405.pdf
<本文> https://www.mlit.go.jp/kowan/kowan_fr7_000117.html
これまで「気候変動による外力の増加」というような不確実性のある要素は、技術基準が対象とするものではなく、当然、その外力が年々変化し、増大していくという考え方もありませんでした。そのため、例えば50年後に予測される外力を想定した設計は、「起こるかどうか分からない」ため、行われてきませんでした。しかし今回の法改正によって、将来の外力を具体的に想定して設計することができるようになり、外力が徐々に上がっていくことを前提にして段階的に対応を行っていく「順応的適応」という考え方も取ることができるようになりました。
出典:『協働防護』による 港湾における気候変動への適応(気候変動適応情報プラットフォーム)
出典:『協働防護』による 港湾における気候変動への適応(気候変動適応情報プラットフォーム)
また、国は協働防護の取り組みを促進するための予算措置を取ることも明らかにしています。港湾管理者に対する協働防護計画の作成支援(費用補助)のほか、民間事業者が、協働防護の施策として護岸や防潮堤などを新たに取得したり改良した場合に、その施設に関わる固定資産税を軽減するといった措置が挙げられています。
社会的に高まるリスク評価の要請
これまでも港湾の防災対策がまったく語られていなかったわけではありません。例えば「港湾BCP(事業継続計画)」と呼ばれるものがあります。大規模な災害を想定した行動計画と、それを可能にする平時のマネジメント計画です。発生確率は低いものの一度発生すると甚大な被害が想定される地震や、それに伴う津波が起きたときでも、港湾の重要機能が最低限維持できるよう対応手順を定めるものです。2011年の東日本大震災をきっかけに、国土強靭化基本計画に基づき、重要港湾以上の港湾等での策定率100%を掲げて進められてきました。その後も、台風を想定した高潮・高波・暴風対応や、コロナ禍を経た感染症発生時の対策など、ガイドラインの追加と見直しが続いています。
これに対して、協働防護計画は、比較的発生頻度の高い高潮や津波に対する事前対策として、気候変動適応策を立案するものです。温暖化の影響を定量的に予測・評価する手法が確立してきたことを踏まえた新たな考え方として提唱されるようになりました。
また、こうしたリスク評価や防災対策は、民間企業に対しても市場から強く求められるようになっています。海面水位の上昇や台風の巨大化などが懸念されるなか、投資家は港湾に事業拠点を置く企業がどのように自社の災害リスクを評価し、どういう対策を講じているのか見極めたいと考えています。巨額の投資をしたものの、その企業の災害対策が脆弱で、企業活動が長期に停滞するということがあれば、大きな損害を被ることになるからです。こうした投資家の要求を受け、TCFD※1は、気候変動がもたらす「リスク」および「機会」の財務的影響を開示することを求める提言を2017年に公表しました。その後、東証プライム市場は、2022年にTCFD提言に基づく開示を義務化しています。また、2023年6月には国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)※2がTCFD提言を取り入れたサステナビリティ開示の国際基準(ISSB基準)を公表しました。この国際基準は、TCFDよりも詳細な情報を要求するものになっています。このように、投資家の側からの気候変動に関連するリスクの開示要求は高まっており、そこに不備があるとみた場合はダイベストメント(投資引き上げ)も辞さないという姿勢が示されています。
※1 TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)気候関連財務情報開示タスクフォース
※2 ISSB(International Sustainability Standards Board)国際会計基準(IFRS)財団に設立された国際サステナビリティ基準審議会
港湾における気候変動への適応の現在地とパシフィックコンサルタンツの果たす役割
法改正やガイドラインの公表を受け、今後「港湾における気候変動への適応」に関する取り組みが進展していくことが期待されます。他方、例えば、協働防護計画の作成にあたっては、関係者間でいつまでにどの程度の水準で対策を行っていくか合意を取る必要がありますが、合意形成までにはさまざまな課題が存在します。実際に計画を作成し、対策を実施していくためには、港湾全体としての最適解を導き出すための議論の積み重ねや、不公平感の残ることのない負担の工夫などが必要です。
パシフィックコンサルタンツ港湾部は、これまでにも多くの防波堤や護岸、岸壁、各種港湾施設に関する調査・計画・設計などを担ってきました。また、浸水のリスク評価についても、どのくらいの規模の台風が来るとどの範囲が水に浸かってしまうのか、詳細なシミュレーションを行ったり、現状のままの場合、浸水範囲がどこまで広がるのか、気候変動を考慮したシミュレーションを行い、対策の有無による被害額の比較も行ってきました。気候変動を想定した定量的な評価の実施例がまだ非常に少ないなかで、当社の実績は、協働防護計画を立てるために必要となる基礎情報の整理や分析にとって大きな価値を持つものと考えています。
また港湾エリアでは、荷物の積み下ろしのためにクレーンなどの大型機械を使うことが少なくありません。こうした電気設備は浸水に弱く、いったん被害を受けると、港湾の物流機能が長期にわたって停止するという大きなリスクがあります。その点で、土木構造物や電気機械設備に関連する専門部署を持つパシフィックコンサルタンツでは、総合的で現実的なリスク評価をすることができます。さらに、協働防護計画は官民のさまざまな主体が参加することから、いかに合意形成を図るのかが重要であり、その点も当社のコンサルタントとしての調整力が生かせる分野であると考えています。
港湾の気候変動への適応という新たな取り組みを支えるため、パシフィックコンサルタンツは、これからも当社ならではの総合力を活かし、気候変動に伴うリスク評価や、協働防護計画の作成を通じて、気候変動対策の実現に向けて貢献していきます。