インドネシアで首都をジャカルタからカリマンタン島東部に移転する国家プロジェクトが進んでいる。新首都は2045年には人口約190万人の都市となることを目標にしているが、もし新首都およびその周辺の開発が適切に進められなければ、ジャカルタ一極集中を是正し、国土の均衡ある発展を実現しようという新首都構想そのものが難しくなる。新首都がその周辺地域と連携し、いかに新たな経済圏をつくりあげるのかは、首都移転の大きなテーマの一つだ。JICAの技術協力事業「インドネシア新首都圏3都市開発計画策定プロジェクト」を受託し取り組みを進めるパシフィックコンサルタンツ グローバルカンパニーの副カンパニー長兼国際プロジェクト統括部長の神波泰夫と同国際スマートプランニング部 都市・交通室の明石正人、松田徹、塚本英文、国際プロジェクト室の阿部雅浩の5人に話を聞いた。
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首都移転は何を目指しているのか
2019年8月、インドネシアのジョコ・ウィドド前大統領(その後、2024年に現プラボウォ・スビアント大統領が就任)は首都移転構想を公表した。ジャカルタは人口増加に伴う慢性的な交通渋滞や地下水の過剰な汲み上げによる地盤沈下などにより、生活環境が急速に悪化している。また、インドネシアの全人口の54%、GDPの58%がジャワ島に集中することにより、国内に大きな経済格差が生み出されていることなどがその理由だった。新たに首都が建設されるのは、ジャカルタから1,200km東のカリマンタン島東カリマンタン州内の原野。インドネシアの地理的な中心であり、近隣にバリクパパンやサマリンダという都市があってインフラが比較的整っていること、地震や火山噴火などの自然災害の発生リスクが低いこと、さらに政府の利用可能な土地が十分にある、といったことが理由だった。

出典:インドネシア新首都"ヌサンタラ"及び周辺都市等の開発状況について(JICA)
新首都構想は2022年1月に国会で法案が可決され、後にヌサンタラ(古いインドネシア語で「群島」の意。略号IKN)と命名された新首都建設は、政府関連機関を中心とした「コアエリア」を優先してすでに一部の運用が始まっている。2028年に政治的な首都移転が計画されており、今後も段階的に整備が進められ、2045年には190万人の人口を擁する新首都となる予定だ。
相互補完的で持続可能な経済圏の創出へ
この移転プロジェクトは単なる1都市の建設ではない。仮に新首都ヌサンタラに人口や社会・経済機能が過剰に集中すれば、ジャカルタで起きていることが繰り返され、周辺の都市に大きな負荷がかかる。それでは移転の意味がない。首都移転は周辺の都市との広域連携によって東カリマンタン地方に新たな経済圏をつくりあげ、それを国土の均衡ある発展につなげるために行われるものである。
すでにJICAはインドネシア政府の要請を受け、2022年6月から2年余りをかけて「新首都を含む東カリマンタン州での地域・都市開発支援に向けた情報収集・確認調査」を行っている。それを引き継ぐ形で2025年4月にスタートしたのが「新首都圏3都市開発計画策定プロジェクト」であり、その業務をパシフィックコンサルタンツが幹事会社として担っている。業務主任者として全体を統括する神波はこう説明する。
「バリクパパン市はヌサンタラからは90kmほど離れていますが、古くから石油精製で栄えてきた地域です。空港もあり新首都のゲートウェイとして大きく発展していくポテンシャルをもっています。またバリクパパン市の北110kmほどのところに位置するサマリンダ市は、東カリマンタン州の州都で石炭産業などが栄え、人口約104万人の中核都市です。私たちの任務は、ヌサンタラとこの2都市を対象に、Tri-City Development Plan(TCDP)策定を支援することです。インドネシア国国家開発企画庁(BAPPENAS)、ヌサンタラ首都庁(OIKN)、東カリマンタン州政府、サマリンダ市、バリクパパン市、ペナジャム・パセル・ウタラ県(PPU)およびクタイ・カルタネガラ県などの関係機関と連携しながら、地域間の相互補完的で持続可能なまちづくりの推進に貢献することを目指しています。もともとこの地域がもっている産業や固有の文化、生活と、新首都のパワーをいかにインテグレーションしていくのか。インドネシアでは今、次世代の産業育成が大きなテーマになっていますが、その意味でもインドネシアの今後を占う大きな事業です」
従来のJICAプロジェクトは、道路や鉄道、発電所、水の供給施設など、特定のセクターのインフラ整備を支援するものが多かったが、今回はあらゆるセクターを視野に入れ、しかも広域で、産業開発や環境保全、エネルギー供給や廃棄物処理などを総合的に検討していく。プロジェクトメンバーの一人である松田はこう語る。
「新首都の周辺地域では、新たな都市機能の整備や人口増加によるインフラ・公共サービスに与える影響への対応や持続可能な環境の管理が重要なテーマとなっています。国・州・周辺自治体などの各ステークホルダーが持つ多様な開発ビジョンを、相互補完的な役割分担も含めて建設的に同期させることが重要と考えています。新首都をどうつくるかということはもちろん大きな課題ですが、それが未開発の原野を舞台にしたものであれば、計画立案はそれほど難しくない。しかし既存の都市を巻き込みながら新たな首都圏を形成するというのは簡単ではありません。パシフィックコンサルタンツにも自治体の広域連携や官民連携について多くの実績があるため、日本の強みを活かした技術協力ができると思っています」

出典:インドネシア新首都"ヌサンタラ"及び周辺都市等の開発状況について(JICA)
4つの柱のもとで開発のビジョンを明確にする
「新首都圏3都市開発計画策定プロジェクト」は、2028年6月までの3年計画で進められている。新首都、バリクパパン、サマリンダの3都市に加え、ヌサンタラとバリクパパン市の間に位置する小都市で人口約20万人のプナジャム・パセル・ウタラPPU(PPU)県とサマリンダ市の外縁部に位置する人口約80万人のクタイ・カルタネガラ県(インドネシアでは県も市も独立した行政単位で県のなかに市があるという日本のような関係はない)が関係する広域の開発計画の策定を支援するものだ。
プロジェクトは①都市開発・インフラ開発、②経済開発・産業開発、③環境・気候変動対策、④社会文化・ジェンダーという4つの柱を立てて進められている。それぞれについて、現況・課題の分析や関係者との議論を通じて、開発計画の策定を進めていく方針だ。
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例えば都市開発では、次のようなことを議論していると担当の松田が言う。
「新首都開発のビジョンに掲げられている"すべての人のための世界都市(World City for All)"の実現には、居住環境の確保が重要です。無秩序な都市拡散(アーバンスプロール)を防ぎ、安心して快適に暮らせる都市環境を整備するため、交通などのインフラ開発と連携し、計画的に住宅供給や市街地整備を進めていくことが求められます。また、新首都に拠点を置く会社に勤める人も、民間の住宅市場が整備されるまでの5年なり10年なりの間は、バリクパパン市などに居住して通勤することになります。しかしこれがみな自動車利用になったら、ジャカルタ同様に大変な交通渋滞が起きてしまう。日本が知見を有する公共交通の駅周辺地域などを拠点としたTOD(Transit Oriented Development:公共交通志向型開発)を進めていくことを考える必要があると思っています」
新たな産業開発や投資促進も新首都圏開発の大きなテーマだ。東カリマンタンは石油やパームオイルなど一次資源はあるが地盤が軟弱で、プラントや大規模な工場建設はむずかしい。このセクションを担当する阿部は言う。
「製造業を大きく育てるのは難しい地域です。しかし政府は新産業を育てたい。この地域にどういう産業資源があるのか、農業や観光産業の可能性はどうかといったことを、政府や州の担当者、現地の人にインタビューしながら方向性を検討しているところです。また、新首都圏の人口を賄う食料の継続的な確保も重要なテーマです。新首都は周辺を合わせて500万人くらいの経済圏になると思われるので、いかにその人口を支えるか。他地域からの『輸入』ではなくて、現地で調達することは重要です」
また社会文化・ジェンダーを担当する塚本も、やはり現況の調査が非常に重要になっていると振り返る。
「新首都にはすでに総合病院ができていますが、現状では交通の便が悪く、バリクパパンでは専門医が不足している場合に、高速道路でつながったサマリンダまで通院するという状況があります。また、インドネシアの地方都市ではしばしば見られるのですが、小学校はあるが交通手段がないので親が送ってきて、授業が終わるまで1日待っている、ということがあります。最先端の病院や大学がありながら、一方ではそういうことが起きているわけです。新首都圏でその状況を放置するわけにはいきません。医療や教育の広域展開をどう構想していくのか、この点は日本でもさまざまな取り組みがあるので、それが参考にできるのではないかと考えています」
人づくり、組織づくりを支援する
"新首都圏3都市"という広域にわたるプロジェクトであり、全産業セクターが関係するということから、プロジェクトの関係者は非常に多い。インドネシア政府関係者や現地の自治体、さまざまなセクターの関係者、さらには日本の民間企業も高い関心をもっている。プロジェクトの副業務主任者である明石は、そこにこの業務の魅力があると話す。
「新首都建設という国家プロジェクトであり、同時に、インドネシアの未来に大きく関わる事業でもあります。現地の人も真剣なまなざしで取り組んでいます。日本政府も継続的な支援の可能性を検討していますし、1,500社以上あるインドネシアにすでに進出している日系企業の関心も高く、セミナー開催時には想定を大きく上回る参加者があります。現地の人々のニーズを反映し、この地域に住んでいる人にも、新首都圏に新たに来る人にも納得いただける開発計画を現地の人と一緒につくっていけることは大きなやりがいです」
課題を洗い出すところからのスタートだからこそ、大変さもあるがやりがいもあると松田は言う。
「このプロジェクトは、どの分野でも既存の分析用データはなく、課題も見えないところからのスタートです。自分で歩き、現地の話を聞いて、この都市にはこういう問題があるんだとか、こういう地形だからこういう開発ができるかもしれないとか、課題を見つけ解決するストーリーをつくり上げ、それを提案にまとめることが必要です。日本ではなかなか経験できません。自分の感性や分析力、構想力が問われる業務です」



2028年のプロジェクト完了に向けてパシフィックコンサルタンツの取り組みは続く。神波はこう締めくくった。
「新首都建設が進むにつれてさまざまな地域課題が出てきます。それを地域の人がみんなで議論して解決していく、そのプラットフォームを完成させることが、このプロジェクトの非常に重要なアウトプットだと思っています。地域の人たちが議論できる場と実行に移せる仕組みがあり、私たちがいなくなっても、その基本的な体制が持続的なものになっていること。最終的には組織づくり、人づくりということですね。それこそがインドネシアの発展の基盤になると思います」
単なるインフラづくりではない、2045年を見据えたインドネシアの壮大な国家プロジェクトへの支援が続く。