パキスタン最大の人口を擁するパンジャブ州は州内に総延長約8万7,700kmの地方道が走ると言われている。しかし技術者の人材・技術不足、データベースシステムの未整備などから維持管理は大きな課題を抱えていた。パンジャブ州政府の要請に基づきJICAの技術協力プロジェクトが実施され、パシフィックコンサルタンツが3社で構成するJVのプライム企業として参加。グローバルカンパニー国際インフラ開発部の武藤信太郎が副業務主任として着任した。
パンジャブ州における道路アセットマネジメントシステム能力向上プロジェクト概要
事業実施期間:2022年11月~2025年11月
カウンターパート:パキスタン・イスラム共和国パンジャブ州公共事業局(C&W)
事業目的:公共事業局(C&W)のPDCA サイクルに基づく道路・橋梁維持管理に対する理解の促進、体制の構築及び点検・診断能力の向上を行い、予算内での補修箇所の選定及び路線の優先順位付けの実現を図り、道路・橋梁施設の維持管理の実現に寄与する。
パキスタン・イスラム国
南アジアに位置しアラビア海に臨む国。4つの州と4つの地域からなる連邦共和国。国土は西部と北部の山岳地帯とインダス川流域の平野部から構成されている。北は中国やアフガニスタン、東はインド、西はイランと国境を接する。世界第2位のイスラム教徒人口をもつ。
面積:79.6万km2(日本の約2倍) 人口:2億4,149万人(2023年、国勢調査)
首都:イスラマバード 宗教:イスラム教(国教)
(JICA資料を基に作成。国勢データは外務省資料による)
INDEX
- パキスタン・パンジャブ州からの技術協力要請
- 事後対応から予防保全への転換を図る
- 3つのフェーズに分け、3年計画で推進
- 直接手を出さず、できるようにすることが目標
- 上下関係ではなく、常に一緒に考える
- 人と人との信頼関係がつくりだすもの
パキスタン・パンジャブ州からの技術協力要請
パキスタン・イスラム国(以下、パキスタン)は、日本の約2倍という広い国土を持つ。移動手段としては道路、航空、鉄道があるが、旅客輸送の90%、貨物輸送の95%が道路に依存、道路の果たす役割は大きい。総延長は約26万kmに及び、高速道路と国道は国道公団、地方道は州公共事業局(C&W)や県の管理下にある。
パンジャブ州は、約1億1,000万人とパキスタン最大の人口を有する州で、ラホール市、ムルタン市など複数の物流経済拠点を擁している。同州が管理する道路の総延長は約8万7,700kmで全国道路網の約3割に当たり、4輪車以上の車両登録台数では、全国約440万台のうちの約246万台と半数以上を占めるなど、パンジャブ州における道路インフラの維持はパキスタンの社会経済活動の生命線とも言える。
しかし予算不足、技術者や技術力の不足、システムの未整備といった課題を抱え、日常的な点検もままならない状態にあった。同様の問題を抱えていた国道については2016年7月から2019年4月まで34カ月にわたってJICAによる「パキスタン国橋梁維持管理プロジェクト」が実施され、パシフィックコンサルタンツが担った。これにより国道管理者の維持管理能力が強化され、次は主要州であるパンジャブ州などの地方道路網の維持管理能力を向上し、安定した社会インフラの維持に着手する。
今回のプロジェクトはパンジャブ州の要請に基づく、いわば第2弾のJICA技術協力プロジェクトだった。パシフィックコンサルタンツを含む3社のJVが受託、武藤信太郎が副業務主任として2022年11月の事業開始当初から参加した。

事後対応から予防保全への転換を図る
「パンジャブ州では管轄下にある道路の計画的な維持管理が全く行われていませんでした」と武藤がプロジェクト開始前の状況を振り返る。
「道路に穴が開いてしまった、橋が壊れた、という事態が発生した後に州政府の発注によりコントラクターが修復工事に駆けつけるという事後対応が基本です。しかしこれではいつ、どこで、どんな対応が必要になるかが予測できず、また、通行不能になってからの修復ですから工事も大かがりで費用も嵩みます。維持管理のための計画的な予算取りもできません。定期的に点検を行って状況を把握し、必要性の高いところから計画的に修復工事をしていくという予防保全の考え方に切り換えることが必要です。まず点検データの収集、次にそのデータの分析、さらに分析結果に基づいた優先順位付け・予算の確保・維持管理計画の策定、そして補修・補強の実施という4つのステップで維持管理体制を築いていくことを目指しました」
3つのフェーズに分け、3年計画で推進
全体で36カ月とされたプロジェクトの1年目は、道路・橋梁についての点検実施・データ収集とそのデータをデータベースに入力するアプリケーションソフトの開発を並行して進めた。調査員として現地スタッフを6人雇用、ソフトウエア開発は日本のエンジニアに加えて地元のIT企業も加えて取り組んだ。また、道路と橋梁についてそれぞれ点検・診断マニュアルと補修ハンドブック案を作成、座学と現場研修も実施した。
道路の舗装状況に関するデータ収集は、計測車を走らせられれば記録できる。しかし橋梁については州政府に点検の経験がなく、「橋は下から見る」という基本も理解されていなかった。
「私自身が橋梁技術者として最初に教わったことでもあるのですが、橋は上から、つまり舗装面や側面から眺めても状況は分かりません。下に回って、床版の下面、桁や支承、橋脚や橋台などに損傷がないかチェックすることが必要です。もちろんそのためには橋下へのアクセスの確保や点検箇所の清掃も必要になります。そういう基礎的なことから一つひとつ伝えていきました」

引き続き2年目は取り込んだデータを、橋梁維持管理システムを使って分析する方法や、分析結果に基づく補修の優先順位の考え方をカウンターパートは学んでいった。並行して1年目につくった点検・診断マニュアルと補修ハンドブックの改訂を進め、最終の3年目に入った現在は補修の優先順位に基づいた予算要求と補修計画の作成を進めている。
直接手を出さず、できるようにすることが目標
カウンターパートとなったC&Wの職員はプロジェクトに非常に熱心に取り組み、進行は順調だったという。
「もともと維持管理は地道な業務です。予算も人員も限られていたことから、カウンターパートの職員は、当初はあまり積極性が感じられなかったのですが、プロジェクトが進むにつれて変わっていきました。維持管理業務の重要性への理解が深まり、仕事に対する自信とプライドが生まれたのだと思います。前向きに取り組むようになっていきました」
その積極性を引き出し定着させることが、このプロジェクトの目標の一つでもあった。
「予防保全の考え方に立った道路の維持管理システムはすでに日本では確立され、実施に移されています。しかしそれを単純にパンジャブ州に技術を持ち込むことが私たちの任務ではありません。プロジェクトの目的は日本のシステムを提供することではなく、カウンターパートが自ら考えながら自国に最適なシステムを考えて構築し、それを自分たちで運用していけるようになることです。その意味でも維持管理業務の価値を改めて認識してもらうことは非常に重要でした」
日本の専門家が主体となって動くのではなく、主体的にサポートする、カウンターパートが自立して動けるように一歩引きながら一緒に考えていく、ということがこのプロジェクトの重要なポイントだという。
「解決の難しいところは、日本ではこうしている、というヒントや経験に踏まえた参考意見は出しましたが、答えは出しません。パンジャブ州における最適解をカウンターパート自身が見つけることが重要です。このプロジェクトが終われば、維持管理に関するPDCAはカウンターパートが自分たちだけで回していかなかなければならないわけです」

上下関係ではなく、常に一緒に考える
サポートに徹して自立を促す取り組みは、維持管理能力向上プロジェクトの難しさであると同時におもしろさでもあるという。
「カウンターパートとの間に上下関係はなく、現地調査もオフィスでも対等に働きます。答えを教えて覚えてもらうのではではなく、あらゆることについて一緒に考えていくことが必要になります」
それだけに人と人との信頼関係が欠かせないという。それは時には難しいと感じさせるものでもある。
「プロジェクトの中では想像もしないことが起こります。ナショナルスタッフが契約以上に有休が欲しいと言ってきたり、留学するから辞めると言ってくることもありました。パキスタンでは、技術者自身が『実際には難しい』と分かっていても『できません』という言葉は決して口にせず、『OK。できます。』と答えます。国民性なのだと思います。そのため今月までにやろうと決めたことが、いつまで経ってもできないということも起こる。仕事に対する考え方が違い、こちらが思いもしないことが彼らの琴線に触れるものだったということもしばしばありました」
しかし武藤は、それが海外業務の醍醐味でもあると思っている。
「共同作業をする中でいろいろな国の独自の風土や人を知ることは、自分にとっての新たな学びであり、視野を広げていくことにつながります。国内にいたら決して経験できません」
人と人との信頼関係がつくりだすもの
プロジェクトは順調に進行、現在は余すところ数カ月ほどとなっている。終了後は、データ収集・分析・優先順位の決定と予算取り、補修・補強の実施という維持保全のサイクルを、カウンターパート自身が回していくことになる。その手応えは十分に感じているという。
「大学を出て間もないローカルスタッフがプロジェクトに加わったのですが、あるタスクを任せたことがきっかけで彼は急成長しました。カウンターパートのメンバーもそうですが、私たちが信頼して任せれば、必ず答えは返してくれます。信頼関係の大切さとそれができた時に発揮される大きな力を改めて感じています」
武藤はもともと橋に携わりたくパシフィックコンサルタンツに入社した。当初10年は国内で橋梁の設計を担い、10年ほど前から希望して海外業務に携わっている。今は、このパンジャブのプロジェクトと並行してケニアの橋梁維持管理プロジェクトやパラオの橋梁架け替え事業を担当し、今後も新しい海外業務に携わる。
次はどんな新しい出会いがあるのか、武藤はそれを楽しみにしている。