限られた人員と予算の下で道路をはじめとするインフラをいかに守っていくのか――地方公共団体の大きな課題になっています。その有望な手法として注目を集めているのが「包括的民間委託」。この分野を新たに拓き、多くの実績を上げているパシフィックコンサルタンツの交通基盤事業本部 インフラマネジメント部 空間創造室の稲光信隆と、社会イノベーション事業本部 PPPマネジメント部 インフラPPP室の村松和也、大阪本社交通基盤事業部 インフラマネジメント室の田中滋士の3人に話を聞きました。
INDEX
- インフラ維持管理の現状と課題
- インフラメンテナンスの包括的民間委託とは何か―指定管理者制度との違い
- 包括的民間委託のメリット
- 包括的民間委託で加速するインフラメンテナンスのDX
- 近隣市区町村同士など広域連携へ
- パシフィックコンサルタンツが果たす役割
インフラ維持管理の現状と課題
道路や公園、上下水道、水路、橋梁といった多くのインフラを抱える地方公共団体では、老朽化の進行と共に増加する一方の維持管理業務が大きな負担となっています。さらに気候変動による自然災害の激甚化・頻発化が災害発生のリスクを高め、防災の観点からもインフラの適切な維持管理・更新の必要性は高まる一方です。
ところが、自治体の財政事情は厳しく、土木費は抑制を余儀なくされています。土木部門職員や現場の管理にあたる現業職員も退職・不補充の施策によって削減され、さらに、実際に補修工事などにあたる地域の建設会社も従業員の高齢化や人手不足が深刻な状態にあり、インフラの維持管理については予算も人も足りない状況が生まれています。
そのため、本来実施が必要な巡回や点検が計画通りできず、道路に不具合があってもすぐに補修ができなかったり、雑草が伸び放題で歩きにくい歩道などがそのままになっているといった例も見られるようになりました。やむを得ず道路管理を担当する職員自らが毎日のようにあちこちの現場に出向き、舗装の応急措置をして回っている現状があります。本来なら維持管理計画を立てたり、工事業者から見積もりを取ったり契約をする職員が現場作業に出ざるを得ないのです。
そもそも現状の道路補修などの業務は非常に手間の掛かるものになっています。巡回や市民からの通報で不具合箇所が明らかになると、まず担当職員が時間をやりくりして現場を見にいきます。そこで修繕方針を決め、事務所に戻って工事業者に見積もりを依頼、依頼を受けた工事業者も現場に出向いて現状を確認して見積もり書を作成します。職員が内容をチェックし、部署内の決裁を経て契約が交わされ、その後、日程調整の上で工事が行われます。工事後は完了の報告書と請求書が工事業者から提出され、担当職員が現場を確認して報告書と請求書の内容をチェックし、問題がなければ支払いの手続きを取る――ということになります。1カ所、数十万円程度の補修でも、これだけのやりとりが発生するため、通報から工事完了まで何カ月も要することは珍しくありません。自治体の規模によっては、こうした発注業務を年間数百件も行っているところもあります。
しかも、このやりとりは受注側にとっても大きな負担です。そもそもいつ見積もり依頼が飛び込んでくるのかわかりません。しかしいったん依頼があれば、できるだけ早く応じることが求められます。計画が組めず、規模も小さい"面倒な仕事"になっているのです。さらにインフラの利用者である市民にとっても、通報から現状回復まで長く待たされざるを得ず、不満の残るものになっています。
戦後の経済成長期に集中して整備された社会インフラの老朽化は今後、急速に、そして一斉に進むことになります。このままでは自治体、工事業者、市民のいずれもがさらに不満を募らせていかざるを得ません。
インフラメンテナンスの包括的民間委託とは何か―指定管理者制度との違い
こうした状況の下、社会インフラの新たな維持管理手法として考案されたのが「包括的民間委託」です。
民間委託には2003年にスタートした「指定管理者制度」と呼ばれるものがあります。主に公の施設の管理運営を民間に委託して、住民サービスの向上や行政コストの縮減を図ろうというものです。ただしこれは、利用者から料金を取り、行政と変わらない権限を行使しながら運営するプールや体育館、図書館、美術館などのいわゆる「箱もの」の管理運営に適した仕組みで、道路など不特定多数の人が無料で利用するインフラの場合は、難しい問題も出てきます。例えば道路占用などについて民間が許可を担うことはできないからです。そこで許可を含まない「委託」という方法が浮かび上がりました。
従来も、個別の業務や工事を個別の契約により民間に委託することは行われていますが、「包括的民間委託」は次の3つの点で大きく異なっています。
1つめは、文字通り「包括する」ということです。
巡回や点検、通報受付、補修など複数の「業務」を包括したり、複数の「地域」を包括する、あるいは道路と公園など種類の異なる「施設分野」を包括するなど、さまざまな包括のタイプがあります。1カ所、1工事、1業務の委託ではありません。
2つめは、契約年数の幅の広さです。自治体業務は単年度契約(あるいは箇所毎に単発での契約)が原則ですが、3年、5年など長期に設定することが一般的です。
3つめは事業に対する要求内容です。従来は手法を細かく定めてその通り実施することを求める「仕様規定」が基本でした。しかし包括委託では、結果として要求水準を満たせば手法は問わないという「性能規定」とするのが基本です(性能規定でなければならない、ということではありません)。
包括的民間委託の特徴 | 1 複数の地域や施設、業務を包括する 2 単年度ではなく長期の契約期間を設ける 3 仕様規定ではなく性能規定を基本とする |
包括的民間委託であれば「この地域のインフラの維持管理を3年間にわたって任せる」「道路と公園と河川に関する維持管理を今後5年間任せる」といったことになるのです。こうなれば民間側でも1社単独ではキャパシティが足りません。包括委託の内容によって道路補修が得意な会社、公園管理が得意な会社、植栽の管理が得意な会社などが共同企業体(ジョイントベンチャー:JV)を組んだり、共同受注のために事業協同組合を組織したりして、緊急対応はもちろん、長期計画に基づいてさまざまな維持管理業務を実施します。もちろん、JVや協同組合は独占的なものではありません。地域のインフラを民間の力で守り、地域を発展させていくことが目的であり、非構成員や非組合員ともコミュニケーションを取り、業務の分配も考えていくことになります。
包括的民間委託のメリット
包括的民間委託は、自治体、受託者、インフラ利用者の3者に対して、いずれも大きなメリットをもたらします。
自治体は、補修など個別案件ごとに発生していた煩雑な発注業務の負担を大幅に軽減できます。また、維持管理業務を一定量まとめることで地域における維持管理の安定した実施体制の確保が可能になります。予防保全の取り組みへとつなげることもできるので、市民に提供するサービスの質の向上を図ることができます。
受託側では、従来は小規模の補修工事などを単発で、しかも予測できない時期に請け負わざるを得ない状況がありました。しかし包括委託に変わることで、事業の規模や種類が拡大して一定の規模となり、収益性も向上し、取り組み方についての自由度も高まります。従来のような指示待ちではなく、要求性能を満たす方法を独自に工夫しながら、予防保全を含む長期的なスパンで自社の通常の事業の中に計画的に組み込んで実施することができるのです。ちょうど手が空いた現場があるといった場合には従業員をインフラ維持管理業務に集中的に投下して稼働率を上げたり、比較的手が空く時期に組み入れて業務の平準化を実現することもできます。
さらに利用者である市民側でもインフラの維持管理に関する対応がスピードアップすることから、より高い水準のサービスの提供を受けることができます。
主なメリット | |
---|---|
自治体 | 発注作業の効率化による業務負担の軽減ができる 一定の業務量の確保により、維持管理を計画的に発注することができる 住民サービスの向上が図れる |
受託者 | 長期安定的な業務量が確保でき、経営安定化が図れる 予防保全への取り組みの強化、効率アップや創意工夫による収益性拡大も期待できる 地域における建設業の発展にも寄与できる |
利用者 | 維持管理対応のスピードアップにより、質の高いサービスが受けられる 地域の災害対応力が向上する 地域の建設業の安定化による雇用の促進や地域経済の活性化が実現する |
包括的民間委託で加速するインフラメンテナンスのDX
包括的民間委託はインフラ維持管理の今後を考えたとき、さらに大きな価値を持っていることがわかります。維持管理業務が一定の規模にまとまり、長期契約と性能規定の下で民間企業に創意工夫の余地を与えられ、主体的に取り組みを進められることが、DX導入の環境を整えることにつながるからです。
例えば、住民からの通報を受けて現場に出向いた時は、携帯したタブレットで写真を撮り、同時にメモを残せば、位置情報も含めて現場情報がその場で簡単にデータ化できます。また道路の巡回に出たときは、ドライブレコーダーを使って舗装状態を映像データとして記録したり、AIで分析してパトロール員が目視では見逃してしまうような事象も発見することができます。またドローンを使えば、人が接近できないような場所も撮影することができ、緊急の対応が必要な不具合箇所を含めて、インフラの状況を詳細なデータでチェックすることができます。これらの情報をまとめれば、維持管理に関連する多様なデータが揃い、効率的にマネジメントできる管理運営支援システムを構築することができるのです。1工事、1業務単位ではシステム化は難しく、費用対効果も低くならざるを得ません。しかし包括された業務であれば長期計画でシステムを徐々に整えていくことも可能になり、インフラの維持管理へのDX導入に大きく道を拓くことができます。
近隣市区町村同士など広域連携へ
包括的民間委託は、一方でインフラの維持管理へのDX導入を促すものとなると同時に、インフラ維持管理に広域連携の道を拓く可能性も秘めています。
今、インフラの維持管理を考えるとき、今後も大きくなるその負担を考えれば、単に今あるものの維持ではなく、集約や再編、新設なども組み合わせた抜本的な検討が欠かせず、これは全国のインフラ管理者における共通の課題となっています。既存の行政区域にとらわれず、広域的な視点でインフラを捉えることも重要で、広域的な検討によって初めて、地域に必要なインフラの機能・性能を維持することが可能になります。
国も、今後は複数・多分野のインフラを狭い行政区域単位ではなく「群」として捉え、橋梁やトンネルなどの構造物も含めてすべてを効率的・効果的にマネジメントしていく「地域インフラ群再生戦略マネジメント(群マネ)」の考え方が重要であると語っています。包括的民間委託は、今後求められる「群マネ」へのファーストステップと捉えることができ、その意味でも重要な取り組みになります。
パシフィックコンサルタンツが果たす役割
パシフィックコンサルタンツは地方公共団体が管理する個別の道路や橋の維持管理について、その点検や補修などに関する技術提案を行ってきました。しかし問題の根本的な解決は個別の技術提案だけでは困難だと考え、インフラマネジメントに関するコンサルティングサービスを強化するために、建設コンサルタント会社では例のなかった「インフラマネジメント部」を2013年に発足させました。公民連携(PPP)の手法も取り入れた人や行政経営のあり方を含めて総合的に考えていくことが、これからのインフラ維持管理には欠かせないと考えたからです。
その後、私たちの包括的民間委託の提案に関心を持ったいくつかの自治体で導入の検討が具体化し、例えば東京都府中市では、2014年から主要大通り周辺に地域を限定して道路の巡回や清掃、植栽や街路灯の管理、補修・修繕、苦情対応などを複数年契約で民間のJVに包括委託する試行的事業を実施しました。アンケートなどで好結果が確認できたことから、地域を拡げて第2弾の試行的事業を実施し、さらに2021年からは対象範囲を拡げ契約期間も5年間に伸ばした本格的な包括委託事業に着手しています。
また新潟県三条市では国交省の「先導的官民連携補助事業」としてインフラの維持管理に関する包括的民間委託の導入支援をパシフィックコンサルタンツが行い、その結果、2017年に包括的民間委託の第Ⅰ期事業がスタートしました。この支援にあたっては、パシフィックコンサルタンツが長年にわたって進めてきた官民連携における事業者選定支援業務などで培ってきた調達支援に関する知見が大きな力になっています。一般的にはインフラマネジメントの要素技術はあるが調達支援業務はわからないというコンサルタントが圧倒的に多いからです。
さらに、国がまとめた『インフラメンテナンスにおける包括的民間委託導入の手引き』も、この間の実績に基づきパシフィックコンサルタンツが制作支援を担いました。この手引きでは、インフラの維持管理業務を担う地方公共団体職員を対象に、包括的民間委託を導入するにあたり工夫・留意すべき事項を「導入可能性調査段階」「業務発注段階」「業務実施段階」の3つのステップに整理してわかりやすくまとめられているほか、「他の自治体がどういう取り組みをしているのか知りたい」という声に応えて、自治体の検討事例や、参照先・相談窓口を掲載したものになっています。
パシフィックコンサルタンツはPPP/PFIに関する長年にわたる独自の取り組みと、インフラ維持管理に関する要素技術の検討という2つの分野での実績を背景に、包括的民間委託という手法を開発し、多くの自治体での実装を支援しています。インフラマネジメントとPPPを駆使した調達支援が融合したパシフィックコンサルタンツだから可能になった取り組みです。私たちはこれからも、地域の発展と暮らしの向上のため包括的民間委託の分野で力を尽くしていきます。