2000年代の後半から急増したアジアのクルーズ人口。しかし、当時の那覇港にクルーズ船の専有岸壁はなく、貨物岸壁を併用していた。このままでは沖縄の玄関口のイメージ低下が避けられないと国は那覇港の旅客船ターミナル整備事業に着手。パシフィックコンサルタンツが新たな旅客船バース、ターミナル施設用地及び連絡道路橋の設計を担い、那覇港初となる旅客船ターミナル(那覇クルーズターミナル)の実現に大きな役割を果たした。設計を担当したパシフィックコンサルタンツの国土基盤事業本部 港湾部の鈴木信夫に話を聞いた。
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急がれた旅客船ターミナル整備

写真:那覇港管理組合HPより
国内観光地のなかでも沖縄県は温暖な気候と美しい海、歴史ある琉球文化や豊富なマリンレジャーなど観光資源に恵まれ、重要な国内拠点のひとつと考えられていた。しかし、当時新たな観光手段として人気が高まっていたクルーズ需要への対応は不十分といわざるを得なかった。
当時の那覇港には大型クルーズ船を迎え入れる専用岸壁はなく、貨物用岸壁で対応していたからだ。しかし、国際クルーズ船であれば、外国人旅客にとってそこが日本上陸の第一歩となる。それが貨物岸壁では旅客に好印象を与えることはできない。2009年8月に那覇港管理組合が決定した「那覇港まちづくりマスタープラン」でもそれが課題として取り上げられ、その後沖縄県が策定した「沖縄21世紀ビジョン基本計画」でも那覇港に「大型クルーズ船に対応する国際旅客ターミナルを整備し、クルーズ船の誘致活動を推進する」方針が明確に打ち出されていた。
災害時の緊急物資輸送対応岸壁としての役割も担う
那覇港の港湾管理者は2002年に沖縄県、那覇市、浦添市の3自治体で構成された那覇港管理組合であるが、旅客船ターミナル整備事業については、国の直轄事業として整備されることとなった。建設地として選ばれたのは泊ふ頭地区だった。ここはもともと泊港と呼ばれていたところで、古くはペリー来航の場所としても知られ、那覇港のなかでも最も歴史のある地域だった。現在も周辺の離島を結ぶ貨客船や観光船の基地となり、空港にも近く、国道58号線もすぐ側を走る。那覇市中心街にも近いことから県民にも最も親しまれているふ頭で、大型クルーズ船を迎えるには非常に適した場所だった。パシフィックコンサルタンツは新たに設ける旅客船バース、ターミナル施設用地及び連絡道路橋の設計を受託。早期の供用開始が求められ、設計期間に余裕はなかった。また、それ以外にも難しい問題があった。鈴木が振り返る。
「設計にあたっては問題が2つありました。1つは地盤です。沖縄は琉球石灰岩の地層が広く分布していますが、琉球石灰岩は強度のばらつきが大きく、また内部に空洞があるので杭を支持することができません。このため、その下層の島尻泥岩層を支持層とする必要がありました。そこまで杭を打ち込んで支えることになるので、非常に長い杭となります。もう1つの問題は、旅客船バースの背後にターミナル施設用地を人工地盤(桟橋構造)で築造し、そこに出入国審査や動植物の検疫、税関検査などの審査やさまざまな旅客サービスを提供するターミナルビルが、那覇港管理組合にて整備される計画だったのですが、桟橋を設計する時点ではターミナルビルの設計が行われていませんでした。つまり、どんな建物が載荷されるかが決まっていない状況で設計を行う必要がありました。しかもこの旅客船バースは耐震強化施設として位置付けられ、大規模地震が発生した際には速やかに船舶利用、人の乗降及び緊急物資等の荷役が可能であることが求められており、非常に高い耐震性を確保しなければなりませんでした」
このような条件下の設計に対して、鈴木は那覇港管理組合に計画しているターミナルビルの規模や利用形態を確認した。それをもとに社内の建築技術者に概略設計を依頼して、桟橋に載荷されるターミナル荷重を設定し桟橋を設計するための条件とした。またその設計で想定する地震動は、大規模災害時にも使用可能な性能を有する桟橋にするため「レベル2地震動」と呼ばれるものだった。この場所で発生が想定される最大規模の地震だ。そのため通常の静的な骨組解析に加えて、レベル2地震動を用いた二次元地震応答解析(FLIP)を行った。設計に要する作業時間は通常の2倍以上を要したが無事に設計が完了。鈴木は後続するターミナルビルの事業者である那覇港管理組合に、この桟橋上に築造できる建物の面積や高さ、桟橋1㎡当りに載荷できる荷重を設計条件として示してバトンを渡した。
工期短縮とコスト縮減を図るためにジャケット方式を採用
鈴木が設計した桟橋には、海上部分からは見えない部分に大きな特徴があった。ジャケット式と呼ばれる、当時、日本ではまだ採用例の少ない工法が選択されていることだ。泊ふ頭に新設する桟橋は支持層が深いため杭が非常に長くなることは先に紹介した。しかも大型旅客船が利用することから、船舶の接岸時には大きな外力が作用する。また高波浪時や暴風時にも船舶を係留するため大きなけん引力が作用する。これも大型船であれば、それだけ大きな力が発生する。更に大規模地震に対して安全性を確保できる施設にすることが求められていた。これを実現するには5m程度の細かいピッチで70m程度の長尺となる杭を数多く打たなければならないが、これでは工事に手間がかかり工事工期が長くなり工事費も高くなってしまう。そこで鈴木が採用したのがジャケット式と呼ばれる工法だった。
「この工法は、従来のやり方である鋼管杭の頭部を鉄筋コンクリートで一体化した直杭式桟橋とは異なり、鋼管杭にあらかじめ工場で製作した鋼管や形鋼で組んだ立体トラスを被せて一体化した水平剛性が非常に高い構造です。これにより鋼管杭の本数が少なくでき、工事工期が短くできコスト縮減も図ることができました。ちなみにジャケット式の名称は、杭に立体トラスを被せたるため、洋服を羽織らせる格好が由来のようです」
沖縄らしいベンガラ色と首里織のモチーフで舗装
桟橋の設計と並行して、美しいカーブを描く陸地から接続する連絡道路橋や景観デザインについてもパシフィックコンサルタンツが設計した。デザインした桟橋の舗装面の色は琉球独自の色で首里城にも用いられているべんがら色を基調色として採用、舗装のパターンも首里織をモチーフにした十字型のものにするなど、沖縄の玄関口にふさわしい仕上げにしている。
鈴木が設計した桟橋は2012年に完成、その2年後には旅客ターミナルビルも竣工した。それまで年間50回程度だった那覇港全体でのクルーズ船の受け入れは2015年には115回へと倍増、2015年と2017年には岸壁が南側に拡張され、より大きなクルーズ船の受け入れが可能となり、受入数もコロナ前の2019年には年間260回を記録して、国内第1位になった
その後、この泊ふ頭での旅客船ターミナル整備をきっかけにグルーズ船の寄港要望が増えたことから、那覇港では新港ふ頭地区で23万トン級という世界最大規模のクルーズ船の受け入れかできる第2クルーズバースの整備を進め、2023年には供用を始めている。泊ふ頭おける旅客船ターミナルの整備がきっかけになって那覇港は国内トップクラスのクルーズ船受け入れ港となり、沖縄の観光振興に極めて大きな役割を果たすことになった。設計業務からは10年以上が経過しているが、大型クルーズ船の沖縄への呼び水となった旅客船ターミナルの仕事に、鈴木は改めて大きな意義とやりがいと感じたという。

「私は港湾分野の設計に30年ほど携わってきました。日本の貿易量のうち、約99.5%が船を利用し、港を経由して輸送されており、港湾は日本の物流を支えるうえで極めて重要な役割を担っています。港湾の仕事は、整備した後のにぎわいや地域の発展を自分の目で直接見ることができ、日本の物流に貢献していることを実感できる点に、非常にやりがいを感じます。近年はクルーズ観光をはじめとする新たな需要の高まりにより、港湾に求められる役割も大きく広がっています。本プロジェクトで得た経験を活かし、今後も引き続き、港湾の整備を通じて社会に貢献していきたいと考えています」
コロナ禍で一時世界的に停滞したクルーズ観光は順調に回復しつつある。なかでも沖縄の那覇港は第2クルーズバースの運用開始もあり、2025年はピーク時に迫る205回の寄港となった。その中心で今も那覇クルーズターミナルが大型観光船を迎え続けている。