1994年の広島開催から日本での開催が32年ぶりとなるアジア最大のスポーツの祭典、第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)が、2026年9月に開催され、引き続き第5回アジアパラ競技大会が開かれる。そのメイン会場となるのが名古屋市瑞穂陸上競技場だ。名古屋市は同競技場を大会の主会場としての条件を満たすものにすると同時に、競技場のある名古屋市瑞穂公園を整備することになり、パシフィックコンサルタンツがマスタープランの策定支援にあたった。業務を担当した社会イノベーション事業本部PPPマネジメント部PPPプロジェクト室の山田和義と同建築部 プロジェクトマネジメント室の名倉幸雄、同総合プロジェクト部 エリア価値創生室の松延穰の3人に話を聞いた。
INDEX
- 大会の開催要件を満たす陸上競技場が必要だった
- 競技場だけでなく公園全体のマスタープランを検討
- スポーツ以外の視点も入れながら公園のあり方を考える
- 公園整備のみならず、維持管理運営もコンソーシアムが担うことでより充実した取り組みに
- モニタリング業務で継続して運営を見守る
大会の開催要件を満たす陸上競技場が必要だった
第1回大会が1951年にインド・ニューデリーで開催されたアジア競技大会は、アジア・オリンピック評議会(OCA)が主催する4年に1度のアジア最大のスポーツの祭典。日本では1958年に第3回大会が東京で、1994年に第12回大会が広島で開催されている。2026年の第20回大会については、愛知県と名古屋市が共催の形で招致を進め、2016年9月のOCA会合で開催都市として承認された。
整備前の瑞穂公園の全体図
下の陸上競技場を新たに建て替えたものが、
第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)のメイン会場となる
出典:瑞穂公園 管理運営方針(名古屋市緑政土木局)
しかし、メイン会場として想定している陸上競技場は1941年に建設され、その後も改築・改修がされてはいるものの、座席はメインスタンドが個席で9,000人、バックスタンドがベンチシートで18,000人の収容にとどまり、また車椅子対応などの配慮も不十分だった。県内唯一の日本陸連の第1種公認陸上競技場であり、また、Jリーグ名古屋グランパスのホームスタジアムとはいえ、当時はアジア競技大会の開・閉会式を行うメイン会場に求められる固定席30,000、仮設席5,000、合計35,000席といった条件を満たすことができない。そこで名古屋市は2018年2月に瑞穂公園陸上競技場の改築に関する基本計画策定とそれをPFI事業として実施する可能性調査業務を公募、パシフィックコンサルタンツが受託した。建築部の名倉が振り返る。
「当時の陸上競技場は、一方には緑地があり反対側には川も流れていて、すぐそばには幹線道路も走っています。さらに縄文時代の埋蔵文化財包蔵地の上にメインスタンドが建っており、既存のメインスタンドが建っているところ以外は一切掘ってはいけないということになっていました。東側の緑地は必要最小限の範囲で削ることが可能な条件でしたが、緑地は市民に親しまれており、そもそもこの公園のあるところは閑静な住宅地であるため安易に伐ることはできません。多くの制約の下で大会メイン会場へとつくりなおすことは非常に難易度の高いものでした」
名倉は建築部のメンバーと打ち合わせを重ね、また、自らも全国のさまざまな競技場を見て歩いて計画のヒントを求めた。何度も図面を描き直し、市との協議のため毎週のように名古屋市を訪ね基本計画づくりを進めていった。
競技場だけでなく公園全体のマスタープランを検討
修正を重ねながら陸上競技場の基本計画に取り組む名倉だったが、当初から気になっていることがあった。それは、果たして陸上球技場単独の改築計画で良いのかということだ。瑞穂公園は総面積が約24haもあり、陸上競技場のほかにも第3種公認の北陸上競技場や野球場、ラグビー場、テニスコートなどのスポーツ施設があり、さらに国指定の史跡、レクリエーション広場や児童公園などがある。しかも、全国の多くの運動公園は河川敷や郊外につくられているが、瑞穂公園は3つの地下鉄駅が利用できる名古屋市中心部に近い住宅地にある。「陸上競技場の全面改築は、この魅力ある運動公園をどういうものにするかという公園全体のマスタープランの一環として考えられるべきものだと思っていました」と名倉。名古屋市に公園全体のマスタープランと一体事業の必要性を説明し、その結果、市は次年度に「事業者選定支援」と「瑞穂公園全体計画策定」の2つを一体の業務としてプロポーザル方式で公募することを決定。陸上競技場改築の基本計画策定とPFIの可能性調査業務に引き続いてパシフィックコンサルタンツが受注した。
スポーツ以外の視点も入れながら公園のあり方を考える
次の段階に入ったパシフィックコンサルタンツの業務は、陸上競技場建て替えを含む瑞穂公園全体のあり方についてのマスタープランを検討し、市が行う事業者公募にあたっての要求水準書作成をサポートすることだった。ひと回り大きな取り組みに変わったプロジェクトを松延が振り返る。
「アジア大会の開催都市が決定した2016年頃はちょうど全国で、1970年代、80年代につくられた大規模運動公園のリニューアルが話題になり始めていました。公園としての機能をもっと広げて、試合がないときでも市民が日常的に集い、楽しめるところにできないかということです。スポーツ以外の視点も入れて瑞穂公園全体を魅力的なものにする取り組みは、そうした動きを先取りするものでもあり、大きなやりがいのあるものでした」
種々の制約のもとで難しかった陸上競技場の基本計画については、鬱蒼として光の届かないところもあった緑地内の一部の樹木を、必要最小限に絞って伐ることにして一定のスペースを確保。また、埋蔵文化財の関係で掘削が禁じられていたメインスタンド前面の土地については、埋蔵場所をまたぐように長い梁をかけてデッキを設け、空間を立体的に使いながらメイン会場にふさわしい競技場計画を成立させた。観客の動線を確保するために市道を渡る陸橋を整備すること、落ち着いた住宅地の居住環境を維持するため、現状以上に騒音が出ないよう配慮することなども含めて「要求水準書」をまとめていった。
また、瑞穂公園全体計画については、現在の公園の利用状況調査や市の担当課へのヒアリングを重ねながら、『瑞穂公園マスタープラン~整備・運営の基本的な考え方~』を整理。これは2020年7月に市から公表された。
このマスタープランでは、公園整備の方向性として「スポーツによるにぎわいの創出」に加えて「市民の交流・憩いの場」「自然環境の保全と活用」「名古屋の歴史の始まりに触れる」という4本の柱を立て、それぞれを実現するために、具体的にどのようなことが取り組まれるべきかを整理している。陸上競技場の改築計画は、こうして瑞穂公園全体の再整備計画へと発展していった。


公園整備のみならず、維持管理運営もコンソーシアムが担うことでより充実した取り組みに
ところがマスタープランはできても、当初名古屋市は公園全体の維持管理運営を1つにまとめたPFI事業として行うことについては積極的ではなかった。しかしPPPマネジメント部の山田はマスタープランが掲げる整備方針を実現するためにも陸上競技場だけでなく、公園全体の運営を考えた取り組みが必要だと考えていた。そうしてこそ、民間事業者のもつノウハウを最大限活かすことができ、民間事業者にとっても取り組む価値の大きな事業になる。パシフィックコンサルタンツは公園全体をPFIの対象にすることを提案。公園整備の大きな流れをつくっていった。山田が振り返る。
「もし陸上競技場単体の整備であれば、実績のあるスーパーゼネコンが設計事務所と組んで応募することになったと思います。しかし競技場に加え公園全体の整備やその運営を含む事業となれば、ランドスケープデザインができる事務所や公園の運営に長けた事業者も必要です。さまざまな業種の企業が1つのグループとしてチームアップしていかなければなりません。応募へのハードルは上がりますが、専門的な知見をもった事業者のコンソーシアムであることを求めることにしました。そうすることで公園全体としての整備と維持管理や運営を1つの方向性をもって進めることが可能になるからです」

名古屋市は2020年7月にマスタープランを公表し9月に提案受付を行った。これほどの規模のスタジアム改築は、近年、新国立競技場を除けば例がなく、事業費の算定など公募条件の整理には苦労があったが、スーパーゼネコン5社が関心を示し、コンソーシアムを組んだ4グループから熱のこもった提案が行われた。審査は近年にない大激戦となり、2021年3月に落札者を決定。同年7月から陸上競技場の設計、さらに既存建物の解体と建設が始まり、2026年3月末に新競技場が完成した。




新競技場は、4月から供用が始まっている。Jリーグの公式戦も実施されたが、SNSなどで発信された観客の評価はおしなべて高かった。また新競技場の大きな特長のひとつに「MIZUHO-LOOP(ミズホループ)」と名付けられた、スタジアム3階コンコースとレクリエーション広場外周をつなぐ約1kmの8の字型の回遊路がある。イベントのない日はここが一般開放されることになっており、早速、多くの市民がジョギングやウォーキングを楽しんで、地域の新名所になった。また公園内ではさまざまなイベントも企画され、例えば公園内の花の蜜を集めて蜂蜜をつくる「はち育」プロジェクトが人気を博している。公園内の植物などの管理は登録ボランティアが行っているが、その数は全国の公園のなかでもトップクラスだという。従来は指定管理者制度を導入して運営していた公園だが、PFIを導入した運営に変化したことによって、これまで以上に地域住民が自らの資産として日常的に楽しむ場所に変わり始めている。
モニタリング業務で継続して運営を見守る
全国の多くの総合運動公園でリニューアルの必要性が語られるなか、瑞穂公園のPFI事業による改修と運営はその先駆けとなった。松延が言う。
「スタジアムの改築計画はもちろん、PPP、公園計画、環境保全、交通計画など、さまざまな視点から複合的に解いていくというパシフィックコンサルタンツならではの取り組みが大きな力を発揮したと思います。また、この計画時以降には、グリーンインフラやインクルーシブ、ウェルビーイングといったキーワードがますます重要になり、公園整備は従来以上に総合的な視点での検討が必要になっています。これからも自治体の検討作業のサポートをしていきたいと思います」
建築部に中途入社して数か月後にこのプロジェクトの担当者となった名倉は、約8年に及んだ取り組みをこう振り返っている。
「基本計画づくりのために全国の多くの陸上競技場やサッカースタジアムを見て歩きましたが、競技施設の設計について多くを学んだだけでなく、子どもからお年寄りや障がいのある方まで地域が一体となって楽しめるスポーツ施設の存在がまちづくりや地域の活性化に果たす価値の大きさに改めて気付くことができました。この瑞穂公園のプロジェクトがきっかけになり、その後も川崎市の等々力緑地再編整備や郡山市の開成山地区体育施設、青森県のボールパーク整備事業など、さまざまなスポーツ施設の基本計画やアドバイザリー業務の受託につながっています。スポーツ施設の価値や可能性を実感し、深く取り組むことになったという点で、私個人にとっても大きなターニングポイントになるものでした」
瑞穂公園の整備事業は、事業者選定支援業務(アドバイザリー事業)に続き、設計・建設モニタリング支援業務も受注。整備段階におけるプロジェクトマネジメント(スケジュールや品質管理等)も支援した。さらに、建物やその他の公園設備完成後の事業推移やPFI事業による業務履行状況を確認するため、名古屋市の伴走役として維持管理運営モニタリング支援を受注している。「モニタリングで新たに見えてくることもあり、それが次の公園整備などの取り組みにつながっていきます」と山田。「この成功事例を全国に拡げ、総合公園や大規模運動公園のリニューアルをとおしたまちづくりや地域活性化に貢献していきたい」と抱負を語った。