2024年10月、パシフィックコンサルタンツは技術開発機能に特化した組織として「先端技術センター」を発足させました。知的財産権(特許)の取得は、高い技術力の証明として企業の信頼性を高めるだけでなく、新規事業の創出やライセンス収入の確保などを通して企業価値の向上や財務基盤の強化に大きく貢献します。先端技術センター長の河村成人と同技術戦略室で知財戦略全般を担当する木守岳広、新たな知財ビジネスの創造を担う小松原一人の3人に、知財戦略の現在と今後の取り組みについて話を聞きました。
INDEX
- 2024年秋、先端技術センターを設立
- 知財活用の視点で新規事業を開発
- 点群データに基づく設備メンテナンスを事業化
- 『全国うごき統計』や『どしゃブル』もリリース
- 知財活用が拓く新規事業創造と企業価値の向上
- 「守りから攻めへ」知財戦略で未来を拓く
2024年秋、先端技術センターを設立
パシフィックコンサルタンツは延べ1,300人を超える技術士が在籍し、高い技術力を備えたエンジニアを中心とした組織です。道路や鉄道、河川、港湾、空港などの建設や維持管理、災害対策や都市再開発、さらに環境保全など、社会生活を支えるあらゆる領域で、総合力を活かして貢献すると共に、DXやカーボンニュートラル、スマートシティなど、新たな社会課題の解決に向けた取り組みを続けています。
その原動力となってきたのが、さまざまな技術開発とその社会実装でした。実際、新しい物好きでチャレンジ精神に富むといわれる独自の社風にも支えられ、多くの革新的な技術を生み出してきました。1991年には技術的な品質の確保と研究開発を支える組織として総合研究所を設立しました。その後何度かの名称変更を行い、2024年10月には品質を所管する部署である品質技術開発部を独立させ、技術開発に特化した「先端技術センター」として再スタートし、現在に至っています。
先端技術センターは技術戦略室、技術開発室、技術研究所、オプション創造室の4部門で構成され、当社の技術開発に関するあらゆる取り組みを総合的に所管しています。すでに当社は建設コンサルタントとしてトップクラスの特許数を保有していますが、技術はただ保有しているだけでは意味がありません。さまざまな形で社会に実装され、社会課題の解決に貢献するものとなることで初めて価値を持ちます。従来の知財をしっかりと守るのはもちろん、現在第一線で開発・運用している技術についても積極的に特許として保有し、さらにこれらを有効に使って新規事業をつくりあげ、社会課題解決に挑んでいくことが求められています。先端技術センターは、こうした知財の戦略的な活用について、それを担う人材の育成も合わせて総合的に担うことを任務としています。
知財活用の視点で新規事業を開発
先端技術センターを設立した背景には、従来、知財の活用が必ずしも十分ではなかったという反省がありました。その気付きをもたらしたのは、小松原です。小松原は金融機関から転職し、ファイナンスの専門家として事業投資の採算性や資金調達手法の検討などを通じて、全社的なファイナンスリテラシーの向上を任務としていましたが、その後、新規事業開発を新たなミッションとするなか、当社内の技術の知財化についてあらためて向き合いました。小松原が振り返ります。
「新規事業の可能性を探るために、広くいろいろな部門から話を聞きました。さすがに技術の企業だけあって画期的なものがたくさんあります。しかし特許という形で確保されたものは思ったより少なく、現場にも知財化の重要性を認識して、特許を取ろうという強い気持ちは見えませんでした。私から見てすごい技術だと感じるものも、実際に担当している人にとっては、プロジェクトの一部にすぎず、学会で発表して評価を得れば、それが名誉になって終わっていました。技術者は、足元のプロジェクトを成功させるための技術開発に注力しておりますから、当社グループ全体の技術を俯瞰してみることは難しいのかもしれません。また技術者独特の『特許を取るほどではない』という謙遜もあったかもしれません。しかしこれらの技術は、企業の成長のためにもっと役立てるべきものだと思いました」――小松原を中心に特許取得とその技術を使った新たな事業創造の取り組みが始まり、他方では先端技術センターの設立構想が熟していきました。
点群データに基づく設備メンテナンスを事業化
知財活用の新たな取り組みの一つが点群データを活用した設備管理システムです。点群データと呼ばれるのは、レーザースキャナーなどを使って物体を無数の点で表現するものです。数千万、数億もの点が集まることで、極めて精密な3Dモデルの再現を可能にします。写真は2次元データであり、奥行きの情報を持っていません。しかし点群データは点の一つひとつが3次元の座標データを持っているので360度どこからでも見ることができる立体像が再現できます。またそれぞれの点は位置情報以外にもさまざまな情報を持つことができるので、3Dモデルは単に形状を示すだけでなく、色や汚れ、キズなども再現します。工場内の機械設備をロボットやドローンで撮影し、それを点群データとして活かせば、人が現場に入らなくても設備機器の状態の把握やメンテナンス方針の検討が可能です。さらに当社は独自の技術で、機械設備の属性情報(メーカーや仕様、メンテナンス履歴など)を銘板データとして3D画面上に表示させ、かつ、ソフトウェアの工夫によって重い点群データであっても軽快に動作させる技術を加えています。これは3D点群データをメンテナンス場面に応用していくうえで画期的な技術です。
この技術で特許取得に取り組み、さらに設備の維持管理に活用できるサービスとして商品化しました。デモンストレーションには大きな反響があり、ぜひ契約したいという声が多く寄せられたのです。販売は、従来当社にはなかったサブスクリプションモデルを採用。利用が続く限り、毎月定額の収入が得られるものにしています。また、販売先が主に民間企業になることから、民間企業とのネットワークを広範に有している販売委託先を新たに確保し、当社は販売実績に応じてライセンス料を受け取ることにしました。
『全国うごき統計』や『どしゃブル』もリリース
知財を活用した新事業として『全国うごき統計』という人流データサービスも生まれました。これはソフトバンクの携帯電話基地局のデータをもとにした数千万台の端末の位置情報データに、パシフィックコンサルタンツが保有する都市計画や交通計画の社会インフラに関するノウハウを加え、詳細な人流データとして提供するサービスです。人流解析や交通予測プログラムに当社が持つ特許技術が使われています。
人の移動・滞在に関するデータを高い精度で、しかも全国約1.2億人の人口に拡大推計して提供することができることから、渋滞緩和や流入抑制などの交通政策の立案、まちづくり、防災計画の検討、マーケティング、出店戦略の検討などに幅広く利用されています。
このほかにもサインボードの表示面の内部に球状太陽電池を内蔵し、昼間発電した電気をバッテリーに蓄積して、夜間に発光する技術を民間企業と共同開発し、商品化しました。これも特許を取得しています。また、高精度・短時間のレーダ雨量と地形データを掛け合わせた土砂災害危険情報サービス『どしゃブル』も、プロ用をサブスクモデルで提供しています。
知財活用が拓く新規事業創造と企業価値の向上
特許の取得にはさまざまなメリットがあります。その一つが、技術力の可視化です。特許は技術力の証明となり、顧客からの信頼性も向上します。また、特許の取得により、技術流出のリスクを低減し、社内の技術資産を確実に保護することが可能となります。さらに知財を切り口にすることで、新たなパートナーと新規事業開発に挑み、新市場を開発したり、プラットフォーム型ビジネスを創出したりすることもできます。もちろん特許を軸にしたビジネス展開は、国際市場への進出にもつながります。現在、アメリカ、タイ、インドネシア、中国などでも国際特許の取得を目指していますが、知財は海外企業との新たな協業や技術輸出の可能性を広げ、グローバルな事業展開の足掛かりとなります。
もう一つのメリットが、収益源の多様化です。従来のプロジェクト単位のものに、安定した定期収入であるライセンス収入や技術提供によるロイヤリティ収入が加わることで、より安定した収益モデルが構築でき、景気の変動や市場環境の変化に強い財務体質をつくることができます。
「守りから攻めへ」知財戦略で未来を拓く
社会インフラや環境分野における技術は裾野が広く、知財を起点とした多様なビジネスモデルの開発が可能です。そのためにも社内にある技術を特許として明確に知財化し、新たな事業のシーズとして活用することが求められています。そのため先端技術センターでは、前期(第74期)から知財の発掘から出願、権利化までをワンストップで支援する取り組みを始めました。また、「特許取得かんたんマニュアル」の発行、社内での手続きの簡素化や特許相談の体制を強化など技術者が安心して知財活動に取り組める環境の整備も進めています。
先端技術センター長の河村は、今後の知財戦略の推進を展望してこう語ります。
「基本的に特許は『現場で困っていること』を解消するためものであり、当社の従業員が通常扱っている技術に紐づいた工夫やアイデアは特許を取得できる可能性が高いと考えます。同時に、知財の発掘のためには、今後どのような技術が求められるか、という市場の予測も重要です。詳細な予測は難しいとしても、人手不足を補う技術や、今後明らかに増加するインフラの維持管理で役立つ技術、ITやAIの進歩を活かした技術といったようなメガトレンドに沿った技術分野における特許を取得することも、これからの当社の事業展開を考えれば非常に重要です。知的財産は、従業員一人ひとりのアイデアや技術から生まれます。従業員のみなさんには、ぜひ日々の業務の中で、これは特許になるかもしれない、この技術は他分野でも使えるかもしれないといった視点を持っていただきたいと考えています。
知財への取り組みの強化は、単なる技術保護にとどまらず、企業の成長戦略そのものに直結するものです。『技術を守る』から『技術で攻める』へと意識を転換し、技術者と知財担当者が一体となり、技術とビジネスをつなぐ架け橋としての知財の役割を強化することで、当社の技術力と市場競争力を両立させることが可能になると信じています」
知財戦略で未来を切り拓く――先端技術センターがその先頭に立っています。