2025年3月7日から9日まで世界防災フォーラム2025 (World Bosai Forum 2025 以下、WBF2025)が仙台市で開催されました。34カ国から延べ5,000名以上が参加、仙台防災枠組の実施促進に向けて活発な意見交換が行われました。パシフィックコンサルタンツは、同フォーラムの設立を支援して以降も企業サポーターとして活動、会期中はセッション開催やブース出展などを行いました。WBF2025の振り返りと防災への取り組みについて、世界防災フォーラム代表理事であり東北大学災害科学国際研究所副所長を務める小野裕一教授と、パシフィックコンサルタンツの国土基盤事業本部 本部長 小保方和彦にグローバルカンパニー 国際サステナ推進部 矢野有希子が聞きました。
<世界防災フォーラムとは>
World Bosai Forumは、第3回国連防災会議(2015年)で仙台防災枠組が制定されたことを期に設けられた防災に関する市民主体の国際会議。仙台防災枠組2015-2030の実施促進に向けた「場」の創出を目的として、2017年から隔年で開催されている(2021年は中止)。具体的には仙台防災枠組が規定する4つの優先行動、(1)災害リスクの理解(2)災害リスクを管理する災害リスクガバナンスの強化(3)強靭性のための災害リスク削減への投資(4)効果的な災害対応への備えの向上と復旧・復興過程における「より良い復興(Build Back Better)」に基づいて、それを世界各国の政策や社会・文化に浸透させることを目指す。パシフィックコンサルタンツは、東日本大震災からの復旧・復興業務の中で接点をもった東北大学災害科学国際研究所と2017年に締結した「仙台防災枠組の実施推進に向けた連携・協力」に関する協定書に基づき、さまざまな活動を継続的に行うとともに、「世界防災フォーラム」に対しても企業サポーターとして支援を行っている。
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防災投資の有効性を数値で示す
矢野:小野先生は長く国際防災の世界で活動され、世界防災フォーラムの代表理事として、また東北大学災害科学国際研究所の副所長として活躍されています。防災に携われたきっかけはどのようなものですか。
小野:私はもともとアメリカで地理学を学び、博士号を竜巻災害の研究で取得した研究者だったのですが、転機になったのは1996年5月の700名以上の犠牲者を出したバングラデシュの竜巻被害の現地調査です。高校の校庭には身元もわからないまま埋められた無数の遺体の上に土饅頭が並び、病院は停電で手術もできず、けが人が満足な治療も受けられずに床に寝かされているのを目の当たりにして、途上国の防災をなんとかしなければと思うようになりました。国連に就職して防災関連の仕事に就き、その後2011年の東日本大震災をきっかけに東北大学に新設された災害科学国際研究所に赴任しました。
矢野:当時、災害科学国際研究所には研究者として加わるつもりはなかったと伺っています。
小野:長く国連職員として活動していたこともあり、純然たる研究者には戻れないと思っていました。災害を俯瞰して見たときに一番問題なのは、そもそも予防ができていない、もっと防災に投資をしなければいけないということでした。どの国も、災害に見舞われてから、復旧・復興にお金をかけます。おそらく災害関連支出の9割以上が事後的なものです。これを防災投資に切り替えていかなければ被害は軽減できません。特に途上国では被災するたびに経済的成長の機会が奪われ、貧困からの脱却も持続的開発も困難になっています。起こっていない災害にお金を出すのは難しいのですが、これだけの防災投資をしたらこれだけ被害が軽減するということを数値化して、防災投資の有効性を誰にでもわかるようにすることが必要だと考えるようになりました。
矢野:自然災害の頻発・激甚化が進む今、防災への投資は非常に重要だと思います。災害科学国際研究所ではどんな取り組みをされていますか?
小野: 2015年に仙台で開催した第3回国連防災世界会議では新たに「仙台防災枠組2015-2030」を制定しました。これは予防に高い優先順位を置き、防災投資への予算を拡大する「防災の主流化」の促進や、効果的な災害対応への備えの向上と復旧・復興過程における「より良い復興(ビルド・バック・ベター)」といった新たな視点を盛り込んだものです。具体的な数値にはできませんでしたが、「2030年までに、世界の災害死者数を大幅に減少する」「災害による直接的経済損失を減少する」といった目標を掲げました。この実現のためには各国がエビデンスに基づいて計画的に防災対策を行うことが必要であり、それを支援する災害統計グローバルセンターを東北大学災害科学国際研究所内に置くことにしました。これまで世界に存在した災害統計は、各国政府の公式的なものでなかったり、質・量ともに不十分で、防災政策立案には効果的に使えなかったのです。それを網羅的・体系的に集めることを考えました。まだ十分な成果を上げるところには至っていませんが、災害被害を見える化することによって、防災投資の有効性や重要性が数値として見えることは、地味ですが非常に重要な取り組みだと思っています。
産学官民が連携する「場」として
矢野:世界防災フォーラムも第3回国連防災世界会議をきっかけに誕生したそうですね。今回で4回目の開催です。
小野:制定された仙台防災枠組の実施促進に向けて、関係者が集まり情報交換や意見交換をする場を設けることの意義は非常に大きいと思います。実際、今回も3日間の会期中、国内外から国際機関、政府機関、学術研究機関、民間企業などから34カ国、延べ5,434名の参加があり、46のセッションが開かれ85の展示ブースの出展がありました。
矢野:私も全日程参加し、さまざまな国の方とお話ができました。日本から最新の防災技術に関する知見や関連情報が発信できたと考えます。
小野:一大学の研究機関ではこれだけの発信力は持てませんし、日本政府が主体となって開催するものになると国からの発信になってしまいます。誰もが自由に立ち寄れるプラットフォームであり、市民参加型国際会議であることの価値は大きいと思っています。
矢野:パシフィックコンサルタンツは小野先生と10年以上前からさまざまな取り組みを行ってきていますよね。
小保方:小野先生が国連で仕事をされているときから個々でのお付き合いはありましたが、会社として本格的に連携させていただいたのは2015年の災害統計グローバルセンターや世界防災フォーラム設立のお手伝いからです。小野先生の活動に貫かれている、行政、企業、学術、メディア、さらにNGOやNPO、個人など、同じ志を持つ多様な人の連携の中で防災の新たな価値を創造していくというのは、パシフィックコンサルタンツが目指すものと通じるものがあります。私たちもコンサルタントとしてもっと外に出て、課題解決のために人の輪の中に入っていかなければならないと考えており、私たちの視野を広げる意味でも重要な活動になっています。
矢野:社内で関わる部署も多岐にわたります。
小保方:今回のフォーラムにも国土基盤事業本部から河川、砂防、港湾、資源循環マネジメント、上下水道、地盤技術の6分野がすべて参加していますし、ほかに社会イノベーション事業本部、デジタルサービス事業本部、グローバルカンパニーも積極的に協力しています。また、他の参加企業・団体、来場者の皆さんからいろいろ質問や、貴重なアドバイスをいただくこともできて、今後の技術開発に向けても非常に良い機会になりました。途上国などかけられる予算が限られていてもこんなことができる、といったアピールもできたのではないかと思います。登壇セッションでは「気候変動に対応した災害レジリエンスの向上と地域社会の持続可能な発展に向けた本邦技術の活用」と「持続可能な防災主流社会の実現に向けて~まちづくり施策の総合的な定量評価システムの共同研究~」という2つのテーマで議論を行い、パネル展示では当社の防災・復興関連技術を幅広く紹介しました。
防災投資の必要性をさらに訴えていく
矢野:WBF2025を終えて、今後はどんな展開を考えていますか。
小野:やらなければならないことはたくさんあります。例えば途上国の行政官にもっとたくさん来てもらって、文字通り「世界」の名前にふさわしいものにしていきたいと思います。その意味では、今後、もう少し基盤が充実してきたら、仙台を出て海外でフォーラムを開催することも考えたいですね。昨年は実験的に、スタンフォード大学と連携してシリコンバレーで防災イベントを開き、さまざまなスタートアップ企業や投資家の参加も得ました。今、防災関連データの整備を進めると同時に、地域や施設の「防災格付け」の検討もしていますが、これにはAIなどの活用も重要になります。シリコンバレーでアピールするのは有効ではないかと思います。また次回の世界防災フォーラムは2027年の開催になりますから、仙台防災枠組の後継枠組をどうするか、そろそろ検討に入らなくてはいけないとも考えています。
矢野:世界に向けて発信していかなければならないことはたくさんありますね。パシフィックコンサルタンツに期待すること、ぜひお聞かせください。
小野:期待大です(笑)。これまでも災害科学国際研究所に継続的に出向者を出してもらったり、世界防災フォーラムのスポンサーとしても支援いただいています。パシフィックコンサルタンツもさまざまな防災の知見や技術をもっと世界にアピールしていってもらえたらと思います。お互いに成長していけたらいいですね。
矢野:私は5月から小野先生の所属先である、東北大学の災害科学国際研究所に出向しています。これまでのお話にあったように、防災とひとことで言っても関わる分野やステークホルダーは多岐に渡るので、このいただいた機会を活かして人脈や知見を広げ、パシフィックコンサルタンツとして国際防災にどう貢献できるか考えていきたいです。特に、今回の世界防災フォーラムのサブテーマにもあった気候変動や、自分がこれまで取り組んできたデジタル分野と防災との掛け合わせにチャレンジしたいと考えています。
小保方:私たち自身も、世界の防災関係者と接する機会をいただいて、いろいろな気づきや学びをいただいています。なにより小野先生やスタッフの皆さんの世界防災の前進に向けた想いや情熱に学ぶところは非常に大きく、それを中堅や若手の従業員にしっかりと伝えて、具体的な行動に移していきたいと思います。今日の先生のお話にもあった防災投資の効果の可視化という課題をどう解決するか、短期的にはそのツール開発をしていかなければなりませんし、もう少し長期の視点では世界に向かってパシフィックコンサルタンツの総合力を活かしたさまざまな防災の取り組みを発信して、世界で活用してもらえるようにしたいと思っています。小野先生にはこれからもご指導をお願いいたします。本日はありがとうございました。
