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2022.07.19

南三陸町イベント 第二部~南三陸町民座談会「町民にとっての復興とこれから」~

World Bosai Walk TOHOKU+10 応援企画

佐藤仁町長へのインタビューに続き、南三陸町で被災し、生活や仕事を通じて様々な経験をしながら、各々の強い思いで地域の復興に取り組んでこられた町民の皆さんによる座談会が行われました。
震災時から今までの活動を振り返って、「皆さんの元気の源、秘訣は何ですか」、「復興で印象深かったことは何ですか」などの質問を皆さんに投げかけました。概略をご紹介します。

座談会メンバー


阿部 忠義さん(南三陸研修センター代表理事)
大正大学とともに設営した南三陸研修センター、ソーシャルビジネスの場として立ち上げたYES工房を運営。地元とともに学びのプロジェクト、オンラインツアー、体験学習などを実施中。

及川 善祐さん(前志津川地区まちづくり協議会会長)
1880(明治13)年創業の笹かまぼこ製造の及善商店5代目社長(現会長)。志津川地区まちづくり協議会初代会長として住宅高台移転や磯の香りする環境づくりなどを検討。震災直後から続く福興市の副実行委員長。

高橋 吏佳さん(南三陸町社会福祉協議会)
社会福祉協議会で30年勤務。震災後に完成した『ゆいの里』を拠点に地域福祉活動を展開。赤ちゃんからお年寄りまでが集って、地域のコミュニティ再生、被災者が被災者を支援する活動をサポート。

千葉 淑子さん(元南三陸商工会女性部会長)
本吉町(現気仙沼市)から南三陸に嫁いで53年。震災後の店舗再開以来お店移転を5回、その都度多くの支援に助けられ、今の本設に至っている。商工会女性部長では被災した近隣商工女性部と交流。

山内 正文さん(南三陸商工会会長、福興市委員長)
創業60年の山内鮮魚店代表。インターネット販売を始めて20年。全国の商店街と共に震災前に設立していた防災朝市ネットワークの強力なサポートで震災翌月に第1回福興市を開催、実行委員長として先頭に立つ。商売の力でまちを復興したい。

進行:矢倉 信行さん(まちづくりコンサルタント)
通訳:小野 裕一教授(東北大学災害科学国際研究所)

元気の源、秘訣は何でしょうか?

山内さん:
被災してすぐに町内4ヶ所の店舗や工場を確認し、志津川中学校に避難した。海岸で津波による土煙があがり、そして水が引くまでの12分程であっという間に町が壊滅するのを目の当たりにした。
避難所には600人ほどが避難していたが、震災の翌日、内陸の入谷地区から300個のおにぎりの差し入れが届き、皆で半分ずつ分け合って食べた。
商売の力で町おこしをしたかったので、商工会メンバーに声をかけて福輿市を開催した。我々の手元には何もなかったが、防災朝市ネットワークの仲間である早稲田商店街が中心となり、売る物やテントを持参して駆けつけてくれた。岡山県笠岡市や山形県酒田市からは、これまで毎回のように参加してくれている。全国の商店街に本当に力づけてもらった恩返しをしなくてはならないと思っている。

千葉さん:
被災後に歌津中学校には600人くらいが避難し、私たちはそこで75日間生活した。
子どもも40~50人いたが泣く子はいなかった。
私は炊事当番だったので、600人に何を食べさせたらよいか毎日頭を悩ませた。時には海岸に落ちている食料や調味料を拾いに行き、それで間に合わせたこともあった。
4月27日に天皇皇后両陛下が避難所を訪問してくださった。それまで「天皇って誰だ?!」と大騒ぎしていた子ども達が、両陛下が避難所に入って来られた瞬間、急に静かになって床に正座した。両陛下は二手に分かれ、避難者一人ひとりに声をかけてくださった。私が美智子様に「これからいつまでもお元気で!」と申し上げたら、「ありがとう!」と笑顔で返してくださった。回りの皆から「これから頑張ろう!」との声が聞こえてきて、本当に感動の1日だった。

高橋さん:
今日、会場にいる方の全員がそうだと思うが、『震災で、生きたくても生きることができなかった方たちの分まで頑張らないといけない』との思いがあるからこそ、これまで進んでこられたのだと思う。
社会福祉協議会の立場からは、住民の皆さんと一緒にこの難局を乗り越えてきたとの思いがある。町民の皆さんが、今何をしたいのか、どんなことをすると楽しいのだろうかと、皆さんの声を聞き、それを行動に変えて動きを止めなかったことがよかった。止まりそうになったら、それではダメだと自分を奮い立たせつつ、前を向いて進めてきた。そのおかげでコロナも乗り越えた。

及川さん:
亡くなった人たちのためにも『空元気でもいい、元気を出してやるしかない。前を向くしかない』という気持ちだった。
私は被災後に志津川小学校に避難し、そこで59日、その後ホテル観洋が受け入れてくれて43日、合わせて100日余りの避難所生活を経て、仮設住宅に入居したのは7月初旬であった。
商人だからこそ、町おこしをしないといけない。だから福興市を立ち上げた。下を向かず、後ろを向かず、ここは前を向くしかない、という思いである。
全国、世界中の方へのご恩を忘れない町にしないといけない。このご恩を返し続けていくよう、孫子にも言い続けている。そのためにも町の歯車になって、必ず復興して豊かで明るい元気なまちをつくる。そのような生き方をしたいと考えている。
この頃、私はこんなことを思い続けている。
『復興に 向かい続けて 恩返し 感謝の心 孫子に伝える』

阿部さん:
交流事業を始めてしまったので、元気でないとお客さんも来ないし、モノも売れないので、カラ元気で頑張ってきた。
YES工房を始めた時は皆が大変な状況だったので、冗談でも言っていないと乗り切れないくらいだった。以来、駄洒落を言うようになり、駄洒落でビジネスが出来ないかと考え、様々な商品を世に出したらそれが受けて、結構売れたのでその気になってしまった。それを私は『ソーシャレビジネス』と呼んでいる。
私は新しいことを考えて取り組むことが好きで、何でも「0」から「1」にするのが得意である。

復興で印象深かったことは?

阿部さん:
震災時は町の職員で、震災直後の人事異動で入谷公民館長になった。復興事業から外されたと思えて悔しかったが、4月1日になって実際にやってみると、避難所のお世話や炊き出し、ボランティアの斡旋など、入谷地区にいても復興のためにできることがあるのに気づいた。大正大学などの支援を受ける中で、色々な人と繋がることが復興への近道である、と思うようになった。
町職員でありながら、YES工房を立ち上げてオクトパスくんを復活させ、また『いりやど』も開設させた。公務員との二足のわらじをはきつつ、夢中になって復興と地域の活性化に取り組んできた。震災から4年で役場を早期退職したが、町長をはじめ当時の上司達が快く送り出してくれたことが印象深い。信頼関係の中で仕事をさせてもらっているとの気持ちが強く、退職後もまちづくりに関わっている。

及川さん:
印象深いことはたくさんあるが、人情と出会いが大切。世の中には、人々がこんなに寄り添って助けてくれることがある、というのは本当にありがたかった。震災後の悔しさ、悲しさのすべては語りつくせないが、震災後の11年間で出会った方々が宝だと思う。
震災は起きない方がいいが、震災がなければこれだけ多くの人とは出会えなかった。このことはとても有難い。
福興市を立ち上げる時、全国の商店街仲間からこう言われた。「こういう時は人の褌でもいいから相撲をとって土俵に上がり続けることが大事なんだ」と。 「売上金を全部置いていくから来月もやりなさいよ、また来るから!」と励ましてくれた。そのような支援のおかげで福興市は99回目まで重ねてきている。
2017年は自分にとって大きな転機の年で、2月に自宅が再建でき、3月に本設のさんさん商店街がオープンでき、6月に隣の登米市から引き上げてきて町内に新工場も建てることができた。全国の皆さんの温かい支援をいただいたことがとても印象深い。

高橋さん:
私自身、開き直りの気持ちを持って歩んできた震災後の11年だったように思う。
地域住民との関わりの中で社協の仕事がこんなに楽しいと気づかせてくれたのは、震災があったから。震災があって地域の皆さんとの結束がさらに強くなり、また遠くからも色々な方々が手を差し伸べてくれて、私たちに学びや気付きを与えてくれたことが、私にはとても印象深かった。
家族では、子どもたち3人の野球の部活動の応援を最後までやり切ったという思いがある。来年はいよいよ3番目が就職を迎える。

千葉さん:
震災後に商工会女性部で他の地域との交流会をやったが、その一つの陸前高田商工会女性部では震災翌日から部員の安否確認をしたとの話を聞いて驚いた。私たちは避難所の人たちに何を食べさせるかで頭がいっぱいだったが、あちらでは部員の中に数名の犠牲者がいたそうで、たくさんの遺骨を納めているお寺にも案内してもらい、私たちも手を合わせてきた。栗駒商工女性部との交流では宮城内陸地震の爪痕を見て、関係者の講演も聴いてきたが、自然災害に恐ろしさをあらためて感じた。
唐桑から東松島までの団体が所属する「三陸ブロック」の活動として、女川原発を視察したのも印象に残っている。厳重な警戒の中、様々な施設を見学し、また女川原発と福島第一原発の地盤面の高さの違いなどについての説明も受けた。2024年に再稼働となると発表されたが、まだ福島の風評被害が残っており、諸手を挙げて賛成できない。ぜひ安心安全な稼働を祈っている。

山内さん:
商売の面では、2012年の仮設のさんさん商店街のオープンが印象に残っている。大雪の日だったが、多くの方が来てくれた。全国から商店街の仲間が来て、開店を盛り上げてくれた。仮設であってもさんさん商店街の開店がなぜ嬉しかったかと言うと、これから毎日店を開くことができるから。福興市は月に1日だけだが、さんさん商店街では毎日お客さんに接することができる。商売している者としては、このことが何より嬉しかった。
さんさん商店街と復興祈念公園を結ぶ中橋も大変気に入っている。いずれデートスポットにしたい。また、10月にオープン予定で建設中の伝承館にも期待しており、さんさん商店街と伝承館を全国ナンバーワンの『道の駅』にしたい。

~第二部 南三陸町民座談会「町民にとっての復興とこれから」を聴いて~

被災後の避難生活、各々の仕事場や家庭での復旧・復興活動は、想像を絶する大変な経験であったことが伝わりました。また、周辺地域の人々や全国の仲間から様々なサポートを受け、それらを支えに苦難を乗り越えてきた様子を知ることができました。
そして、「人々との出会い、つながること」、「苦難の中でも前向きに、元気に生きていくこと」の大切さを改めて感じました。
今後も南三陸町の復興活動は続いていきます。改めて、被災地の皆さんの強い思いと取り組みを知るとともに、更なる復興に向けた希望やエネルギーを感じることができました。

●南三陸なうチャンネル「南三陸公式」にて、座談会の詳しい動画が見られます。
ぜひ以下のURLをクリックしてご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=C6cUFUZabpg

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