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2022.05.11

南三陸町のいま その1

World Bosai Walk TOHOKU+10 応援企画

2022年4月9日(土)と10日(日)に宮城県南三陸町にて町の復興に関わる視察・取材を伴うイベントが開催されました。イベントでは、たくさんの南三陸町の人との出会いや交流により、町の内外から参加した人ひとりひとりにとって、東日本大震災とその後の復興を振り返る2日間となりました。今回は、イベントを通して見てきた南三陸町の“今”や、まちの様子についてお伝えしますが、この記事を読んだ一人でも多くの方が実際に南三陸を訪れるきっかけとなることを期待します。

南三陸を盛り立てる産業

及善蒲鉾店

『及善かまぼこ』を製造・販売する明治13年創業の老舗及善商店さんは、東日本大震災で町内の工場を津波で流された後、内陸側に隣接する登米市の仮工場で早期に事業再開し、震災から6年後に今の場所(町内入谷地区)に新工場を構えました。新しい工場は津波で流される心配はない上、獣対策や虫対策、従業員が快適に働くための工夫が随所に施されており、見学ルートも整備された及善かまぼこ工場には、社会科見学などで子供たちもよく訪れるそうです。
創業以来おみやげものを主軸に戦略を立てていた及善商店さんは、近年の新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響により観光客が減少したことをきっかけに、新たなチャレンジを始めました。

おみやげものに新しい価値を

「仙台銘菓「萩の月」は常温で約10日間日持ちする。かまぼこも常温で持ち歩くことができたら、お客さまに新たな価値を提供できる。」そう考えた及川善弥社長は、ライバル企業と手を組んで、技術提供し合いながら研究開発することを決めたそうです。試行錯誤の結果、保存料を入れず、無菌状態でかまぼこを作ることに成功し、常温で持ち運べる、ロングライフ商品の開発に成功しました。

「かまぼこは高プロテインの栄養食、常温で日持ちするため、被災地にも送ることができる。」と力強く語る及川社長。東日本大震災の被災経験や、さまざまな困難を乗り越えてきたからこそのアイデアだなと感心しました。また、及善商店さんではこのほか、食育やSDGsにも積極的に取り組んでいるのが印象的でした。

南三陸YES工房

南三陸YES工房は、地域の森林資源活用と資源循環に貢献しつつ、町に新たな産業や雇用の場を創出し、出会いの場を生み出す場所として、廃校となった入谷中学校の特別教室として利用されていた建物をリノベーションしてつくられた工房兼店舗です。町役場職員であった阿部忠義さんが東日本大震災後に早期退職して始めた取り組みに、町出身で東京の企業に勤務していた大森丈広さんが、震災をきっかけにまちにUターンして2012年に工房の活動に加わり、現在は代表理事を務めています。
南三陸YES工房には、看板キャラクター『オクトパス君』を筆頭に、地産木材を使った木のぬくもりあふれるグッズや繭細工など、工房で働くみなさんの愛とアイデア満載の手作り商品がたくさん並んでいました。

看板キャラクター『オクトパス君』の世界観には「頑張る人をゆるく応援する」、代表理事の大森さんの想いが込められています。さまざまな情報が飛び交う昨今の社会、頑張ってもダメだと感じたり、頑張れと声をかけられることがプレッシャーになったりもする。そういう人たちを頑張りすぎない“ゆるく応援”し“ゆるく見守る”ことで頑張る力を届けたい、受験よりも就活が大変だった就職氷河期の最後の世代の大森さんご自身の経験から生まれた世界観だそうです。

林業の収益構造を変えたい

「樹齢50年、高さ18m、直径30㎝の杉の木1本の値段はいくらだと思いますか?今の木材市場価値ではたった5,000円です。」と語る大森さん。適切に管理された山は、まちを災害から守り、CO2を吸収し、水を貯え、私たちの生活に欠かせない存在であるにも関わらず、林業に携わる人は減り続けているそうです。情報社会の今だからこそ、1本5,000円の樹木に付加価値を付け、欲しい人に届くよう、大森さんや工房のみなさんは、山のことを知るきっかけづくりになるとして木育の体験ワークショップを開催したり、木を身近に感じるさまざまな商品を企画・開発したりしています。今後はものづくり工房としての認知も高めていきたいとのことでした。

南三陸YES工房のみなさんも及善商店のみなさんも、SDGsや社会への貢献を強く意識した取り組みを、熱い志を持って推進しているのが印象的でした。

南三陸町で出会った人々

元副町長と当時高校生だった語り部さん

震災当時、震災直後、そして被災から今に至るまでのさまざまなお話を、遠藤健治元副町長や当時志津川高校生だった語り部の佐藤慶治さんに伺いました。「一瞬にしてすべてを失う現実があり得ることを、身をもって感じた」とお話してくださった遠藤さん。「20年先を見越して、10年後に町のために働く力をつけるために大学に行くことを、おじいさんが後押ししてくれた」という話を聞かせてくださった語り部の佐藤さん。被災時も今もまったく違う立場、年代のお二人のお話は胸に刺さるものがありました。

南三陸町はこれまでの長い歴史の中で何度も津波の被害を受けているため、住民の災害に対する意識や備えは東日本大震災以前からかなり浸透しており、被害想定やハザードマップは全家庭に配布され、自主防衛組織の強化や災害時要援護者登録制度も進み、避難経路誘導サイン、水門の遠隔制御など、全町をあげてかなり対策をしてきたそうです。そのような状況にもかかわらず、なぜ多くの人命を失ってしまったのか。誰もが訓練通りを十分な対応をしたつもりが、想像を超える規模の地震と津波の襲来によって、そうではなかった。例えば高台に避難をし、安堵して海を見ていた人たちが、川を遡上してきた津波に背後から襲われてしまったことなどを伺いました。今、高台に上がって眼下に広がるのは、復興が進んでかさ上げされた、護岸も川もきれいに整備された新しい町。写真で見る震災前の景色とはまるで違う町の姿に、この地域に長く住む住民の方のことを考えると、いたたまれない気持ちになります。

伝えたい想い

元副町長の遠藤さんは、一度は津波に飲まれてもうだめかもしれないという状況から助かった身として、この経験を伝え続けたいという想いを持ち、当時高校生だった佐藤さんは自分たちの世代が南三陸の復興と今後の発展をリードしていかなければならないという想いを持ち、それぞれがそれぞれの立場と役割で南三陸町のこと、そこに住む人・訪れる人のことを考え、私たちに伝えてくださるその姿に強く感銘を受けました。

南三陸さんさん商店街を中心とした市街地と対岸の南三陸町震災復興記念公園をつなぐ中橋
(設計:パシフィックコンサルタンツ・隈研吾建築都市設計事務所設計共同体)

イベント2日目の様子は、次記事にてお伝えします。

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