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2022.03.22

震災10年後の風景と人との出会い インタビュー編

World Bosai Walk TOHOKU+10 応援企画

取材日のウォークチームは震災遺構である仙台市立荒浜小学校へ。地元出身のガイド川村様に案内していただきました。(写真右から世界防災フォーラム吉野事務局長、ガイド川村様、世界防災フォーラム小野理事長、パシフィックコンサルタンツ(東北大学災害科学国際研究所出向中)坂本さん、明治大学馮さん)

ウォーク開始から13日目のメンバーにインタビューしました!

小野先生、とうとうWBWスタートしましたね。

スタート直後の2~3日は体力的にきつかったです。だんだん身体が順応してくると、日によっては歩き足りないと思うようになりました。ウォークが始まり、テレビで取り上げてもらったことで、車で通りかかった方から声をかけていただくこともありました。そのまま周辺を案内してくれて、うれしかったです。末続駅(福島県いわき市久之浜町)という小さなJRの駅に連れて行っていただいたのですが、約100年前に山から材木を切ってつくった駅舎は、映画のロケで使われたこともあるそうです。まちの方が手入れをされているようで、お花が綺麗に咲いていました。この他にも地区の区長さんや各地で出会ういろいろな方から、東日本大震災当時の話、それぞれのストーリーを聞くことができました。やはり現地に行って、地域の方に直接お会いして、話を聞くことがすごく大切だと再認識しました。

地域の人とのかかわりが“頭でわかっていたつもり”を塗り替える

これまでのウォークで様々な方からお話を伺いしました。いちばん心に残っているのは、福島県の震災遺構 浪江町立請戸小学校で伺ったお話です。請戸小学校のみなさんは、震災後避難して全員無事だったのですが、消防団の方々は生存者の救助・捜索活動を続けられた。しかし3月11日夕方、大津波警報の影響と日没となったために、まだ生存者がいることがわかっていたのに、声が聞こえていたのに、活動を一旦やめなければならなかった。そして翌日、日の出とともに救助再開する予定が、再開直前の朝6時、原子力発電所の緊急事態宣言による避難命令が出てしまい、急きょ中止・退避せざるを得なかった。まだ生きているかもしれない顔見知りの地域の方を助けることができなかった。消防団の方々は「無念」という言葉を残したそうです。それを聞いて、私は涙が止まらなくなりました。結局、この地域に戻れたのは避難指示が解除された3か月後だったそうです。福島では救えるはずの命が救えなかった。頭ではわかっていたつもりでしたが、実際に話を聞いて、改めて思うところがありました。
そんな大変な思いを経験したにもかかわらず、浪江町にも一生懸命に復興を頑張っている人たちがいました。どうしてそんなに頑張れるのか、そのエネルギーはどこから生まれるのか、私は問いかけました。それぞれにいろいろな事情はありますが、共通しておっしゃっていたのは、“自分のためでなく、未来を担う人、息子、娘、孫のために”という想いでした。

“誰かのために”と思うことがエネルギーになる

復興を頑張っている人たちとの出会いを通じてわかってきたことは、人って“誰かのために”と思うことがエネルギーになっていくんだな、ということです。ウォークがスタートしてからあちらこちらで、「どのようにして復興してきたのですか?」と聞いています。
あるお寿司屋さんは、息子さんが東京の大学に入ったらしいのですが、その息子のためにもまだ稼がないといけないと、お店を再開したそうです。また、今回のウォークでは地元の民宿に泊まるようにしているのですが、そこで出会った方も娘さんを亡くしていて、お孫さんのためにも、もう一度民宿をやると決めたそうです。
東日本大震災を経験し、つらい思いをしたのに、もう1回やる気になる、立ち直るエネルギーはどこから湧き上がるのか、ウォークでの地域の人とのかかわりの中で、今後もその心に触れていきたいと思っています。

なぜここで防災研究をやっているのかを考え直す機会に

ウォークが終わったら、動画は映像にまとめて、書籍化もできたらいいなと考えています。東北大学災害科学国際研究所の研究者の方にも共有したいです。ありのままの今の状況を伝えたいです。
研究者というのは、研究対象が自分の学術分野に限定されるのが常ですが、私たちの研究所は復興のお金でできているので、“地域の復興のために”研究をする必要があります。震災から10年を経て、もう一度初心に帰って、なぜここで防災研究をやらせてもらっているのか、考え直す良い機会になったと思います。

塩釜市浦戸諸島桂島の海水浴場にて。真新しい防潮堤の向こうには美しい海が広がる。東日本大震災では、浦戸諸島は「自然の防波堤」となり津波から本土地区を守った島々(それゆえに甚大な被害を受けた)と言われています。小野先生が首から下げているのは「おのくん」。東松島の仮設住宅で復興支援を願って生まれた。口癖は“めんどくしぇ”。

坂本さん、ウォーク13日目いかがですか?

思っていたより、辛く大変でした。想像以上ではありましたが、まだまだ歩けます。大丈夫です。今回のウォークは、歩くだけでなく、人に会ったり、伝承館に行ったり、これまでに行ったことがあるところも含めて、たくさんの新しい発見がありました。小学校の伝承館では震災時のさまざまなストーリーを伺い、いろいろな小学校でそれぞれ避難ができたところ、うまくできなかったところ、つらい気持ちになるお話も多かったなと思います。
けれども、行く先々でみなさんが暖かく迎えてくださり、お話を聞くと自分の住んでいる地域のとても良いところ、魅力的なところを教えてくれる。それを感じながら歩くのは、すごく楽しいです。小野先生のギャグを聞きながら歩くのも割と楽しいです。

宮城県多賀城高等学校にて。多賀城高校には日本で2校しかない「災害科学科」があります。坂本さんは撮影担当。先生が日本語で意見交換、英語と日本語で解説し、YouTube配信をしています。東日本大震災のことはあまり覚えていない世代である彼らに“将来の夢は?”と問うと、「人の役に立ちたい」と話したことに感銘を受けました。(写真右:坂本さん、中央:小野先生、左:多賀城高等学校災害科学科の学生さんたち)

責任と覚悟の中で子どもたちをどこに逃がすか?

震災遺構の小学校(伝承館)で伺った話は、どれもとても心に刺さりました。福島県浪江町立請戸小学校では、丘に上がるという先生の判断と、生徒が近道を知っていたことで、全員が助かったそうです。次に行った山元町震災遺構の中浜小学校では、逃げられる高台はなく、仕方なく2階建て校舎の屋上に逃げ、幸いにも津波にはのまれずに済んだものの、津波が引くのに時間がかかったため、一晩寒い中、生徒全員が屋上で過ごしたそうです。屋上への避難の判断をした当時の校長先生は、2階以上に水が来たらどうしようという相当なプレッシャーを感じながら、それでも子どもたちを屋上に逃がすという判断をされた。すごいなという言葉だけで言い表せられないのですが、本当にすごいと感じました。そして、全員助かって本当に良かったと思いました。
また、ある地区の区長さんは、遺体の身元の照合を、住民の顔を全部知っている自分がしなければならなかったとおっしゃった。それは本当にやりたくないことだったけれども、自分がやるべきだと覚悟を決めたそうです。そのお話から区長さんの覚悟と責任感をひしひしと感じました。

もっともっと多くの話を聞きたい!

浦戸諸島にて。天気も良く美しい景観のなかのウォークでした。(写真:坂本さん)

ウォークを通じていろいろな地域の方からもっともっとお話を聞きたいです。防災の仕事にこれまでも携わってきましたが、ここまでじっくりと地元の方のお話を聞く機会はありませんでした。防災というのは、人の命がかかっているということを、ここに来て改めて実感しています。そして、防災だけじゃない、漁協の話、町の話、原発の話、道路・堤防の整備の話など、普段の仕事で関わらない話をたくさん聞くことができて、本当に良かったと思っています。これからの自分の仕事観が変わっていくと思っています。
この後行く釜石は、先進的な防災教育で有名なところだと思うので、そこで何をされているのか、他の地域でも応用できるのか、そういう視点を持ちながら地元の方々と意見交換したいです。 また、元々その地域に住んでいた方だけでなく、復興支援を目的に、地域外から来られた方のお話も聞きたいと思っています。僕らと同年代の人たちが、どうして自分と縁もゆかりもない土地で新しいことをやろうとしているのか、その想いも聞いてみたいと思っています。

震災遺構仙台市荒浜地区住宅基礎。津波により被災し残された住宅基礎や建物の一部をありのままの姿でみることができる。かつて住宅街が広がっていた荒浜地区は、災害危険区域に指定され、現在は非可住域となっている。後方右手に見えるのは荒浜小学校。

ウォークは世界に向けて発信中!

ウォークの様子は世界防災フォーラムのホームページおよびSNS(TwitterfacebookInstagramYouTube)から発信されています。いまどこを歩いているのか?どんな景色を見ているのか?東北の今や復興の様子にご興味ある方はフォローとチャンネル登録をお願いします。

世界防災フォーラムの代表理事である東北大学災害科学国際研究所の小野先生とともに、当社防災部の坂本壮(現在、東北大学出向中)が約40日間歩きます。ウォーク中に見かけたら声をかけていただけると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!

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