2017.12.12
日本発、世界へ発信する建築×土木の威力
建築家 隈研吾×パシフィックコンサルタンツ代表取締役社長 高木茂知
概要
まちづくりのために地域社会との対話力を高める
新国立に込めた「負ける建築」の意味
内外混成チームの提案がまちの新しい魅力を引き出す
まちづくりを通して社会サービスの変革をプロデュースするパシフィックコンサルタンツと建築家・隈研吾氏は、これまでたびたび協業を重ねてきた。建築家と建設コンサルタントの双方が、いま社会から求められている役割、両者のチームワークから生まれる魅力ある都市とは何かをテーマに語り合う。
大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供
まちづくりのために 地域社会との対話力を高める
高木: 弊社はもともと第二次世界大戦で荒廃した国土の復興のために、自分たちの技術で社会に貢献したいという想いを持つ技術者が集まり創業した会社です。その中心には当時の吉田茂首相の甥である白石兄弟がいました。彼らは、吉田首相やマッカーサーとの対話を通して、民間技術者によるコンサルティングエンジニアリング制度の必要性に気づき、日本における技術士制度の確立に奔走しました。
1951年の創業時は米国法人で、フランク・ロイド・ライトのアシスタントだった建築家のアントニン・レーモンドが初代社長。その3年後に日本法人になります。今年は創業から65年になりますが、一貫して日本の復興や成長を支える都市インフラの調査・設計業務に携わってきています。
隈: ああ、創業にはあのレーモンドがかかわっているんですか。
高木: そうなんです。これまでは公共事業分野での仕事が多く、行政サイドの建設コンサルタント役として黒子的な立ち位置にありました。接するのは主に行政担当者。建築家との関係も完全な分業体制で、かかわりも少なかったように思います。しかし時代の変化と共に、私たち建設コンサルタントは、社会サービスをどのように提供するのかというところまで踏み込んでいかなければならないと思っています。地域社会においてトータルにサービスを提供する仕事をしていくうえで、建設コンサルタントと建築家の関係も変わっていくと思っています。
隈: 日本の建設コンサルタント企業の技術力やコーディネーション・スキルは国内外で高く評価されています。ただ、地域の住民にとっては「建設コンサルタントが介在することで、まちはどんなふうに変わっていくのか」というところがよくわからないのも事実です。私たち建築家も含め、まちづくりにかかわる側は、地域社会との対話力をもっと高める必要があります。
高木: その点は私どもも痛感するところです。弊社は3・11の震災直後から宮城県南三陸町で行政の支援という形で、復興まちづくりの総合コーディネート業務にかかわっています。ここで最も大切にしていることは、住民の皆さんと直接対話をしながら、事業を進めていくということです。
隈: 復興は単に元のまちの姿に戻すのではなく、新しいコミュニティ、新しいまちの姿を提示するということですから、行政と住民の間に立つ建設コンサルタントの調整力はきわめて重要ですね。南三陸でのパシフィックコンサルタンツさんのお仕事ぶりを拝見しながら、ああ、これが未来のコンサルタントのモデルの一つになるんじゃないかと思ったことがあります。
培ってきた土木やまちづくりの経験を世界で生かしたい――高木
高木: これまで建設コンサルタントはどうしても官の仕事の請け負いが多く、公平性・効率性を第一に追いかけてきた面があります。たしかにそれは我々の得意とするところでもあるのですが、これからは国内外で都市がその魅力を競い合う時代。日本もインバウンド3000万人時代といわれ、まちづくりにおいて、いかに魅力を引き出し、表現していくかという点で、建築家の方の感性と融合していく必要があると思っています。
隈さんのお仕事については建築はもちろんのこと、鉄道の車両のデザインまで手がけられるその幅広さには驚いています。
- 2016年4月に発生した熊本地震。甚大な被害を受けた阿蘇周辺の道路の復旧支援をパシフィックコンサルタンツが実施。
- 小田急相模原北口駅前地区の拠点形成を図ると共に、バリアフリーや周辺地区のまちづくりに配慮した都市空間を創出した。
隈: 建築家は単にハコモノをデザインする芸術家ではなく、もっと深く社会の中に入って、住民と対話しながら、社会システムそのものをリデザインできなければならない。建物は社会システムの一部にすぎず、ときには建物を建てないという選択もありうる。そのように建築家の職能を再定義する必要があると私は考えています。
建築家の仕事は設計図の線を引くことから始まると思われると思うんですが、実際は線を引く前に場所の文化的、歴史的な背景、その建物があるとどのように人々の利便性やまちの機能性が向上するか、というさまざまなレイヤーを考えないといけない。それを総合的に判断するためには、建築家単独ではなく、建設コンサルタントやエンジニア、行政当局、市民などからなるチームワークが欠かせない。それぞれの知見を交換し、刺激し合うことで、職能の縦割り構造をあえて壊していくことが大切です。もちろん、海外で仕事をするときは、現地に詳しい建設コンサルタントの意見は欠かせません。
つまり、建築家や建設コンサルタントの職能がそれぞれ変化してきているわけですね。優れたまちづくりのためには、この両者がチームを組んで総合力を発揮することが不可欠です。
- フランス東部の都市ブザンソンの中心部ドゥ川の河岸にある、ブザンソン芸術文化センター。
- 音楽ホール、現代美術館、音楽学校からなる複合施設。市民の批判があった当プロジェクトでも隈氏は市民に直接説明し、対話を大切にした。
高木: 隈さんと弊社は、南三陸町の人道橋の設計でおつき合いがありますし、海外でも、台湾・淡水大橋コンペで一緒に仕事をさせていただきましたね。首都・台北の郊外を流れる淡水河の河口に、延長920mの長大橋を建設するというものでした。残念ながらコンペではザハ・ハディド・アーキテクツに敗れてしまいましたが...。他にもバリ島ウブドの超高級リゾート開発プロジェクトやインドのデリー近郊の都市開発プロジェクト等で一緒に仕事をさせていただく予定です。
今後も、国内外のさまざまなプロジェクトでご一緒できる機会があるかと思います。建築家と建設コンサルタントの知恵と経験を相互に持ち寄って、魅力あるまちづくりにかかわっていきたいですね。
新国立に込めた「負ける建築」の意味
木を使ったデザインの新国立競技場。地域・環境の観点から思考を重ね、徹底的な「負ける建築」を目指した。◎大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供
建築がその地域の風土にうまく「負ける」ことが必要――隈
高木: ところで隈さんはいま新国立競技場の設計を手がけられています。設計プランを拝見すると、神宮の森に溶け込むようなデザインや木材を多用することなどが盛り込まれています。これは隈さんが日頃から口にされる「負ける建築」という設計思想ですね。
隈: 建築を強くしようというのではなく、モノのもっている弱さや優しさをそのまま建築にできないか。それが私の言う「負ける建築」です。新国立を設計するときも、神宮外苑の森が私に「もっと建物を低くしてくれ」と言っているように聞こえました。20世紀の建築には、コンクリート構造の強くて高い建物であるべしという固定概念があり、それはときおり環境や地域と対立するものでした。しかしこれからの建築は地域や環境と融合したものでなければなりません。
木を使うことは単にCO2固定化という意味で環境に優しいというだけでなく、結果的に建物がヒューマン・スケールに収まるし、人々が混み合っていても、木があればなんとなく馴染むということもある。不燃化・防腐化の技術が進むことで木造建築の欠点も克服されています。ヨーロッパでも最近は木造の中層マンションを作るようになりましたが、木の技術で言えばやはり日本にアドバンテージがある。これからの都市設計のなかで木が重要な材料になりうるということを、新国立で見せることができればと思います。
2013年4月にオープンした第五代目の歌舞伎座は、まちに開かれた防災機能を有する劇場として再建した。◎協力:松竹(株)・(株)歌舞伎座
高木: 日本の建築・土木技術も、戦後復興期、高度成長期やバブル崩壊を経て、さまざまな知見を蓄えてきました。狭い土地に多くの人が行き交うため、地下構造物や都市の効率性を高めるノウハウもその一つです。最近、ジャカルタとマニラを訪れたんですが、人口急増が深刻で都市交通は崩壊状態。どうしても地下空間の開発が必要になります。まさに日本のノウハウを活かす時です。
隈: 日本にはもともと、建物を環境に適合させるという建築思想があります。人口成長を支えるためには日本の建築やまちづくりが参考になるということが、世界中で、わかる人にはわかってきている。千年規模で培ったこの経験はこれからの世界の都市設計でも優位に働くのではないかと思います。
内外混成チームの提案がまちの新しい魅力を引き出す
高木: 弊社は今後、国際事業を強化していく方針ですが、海外で戦える人材という点では、隈さんはどんな考えをお持ちですか。
隈: 大学で学生に教えていますが、海外からの留学生と一緒に仕事をさせる場をできるだけ作るようにしています。共同作業を通して自動的に国際的なセンスが磨かれて、日本の学生のレベルも上がりました。留学生も日本に来ることに意義を感じている。環境の時代に日本の技術が活かせると考えているからです。南三陸などの被災地でのプロジェクトでは、むしろ留学生のほうが行きたがりますね。
私の事務所でも、海外の人材を積極的に通年採用するようにしています。内外混成チームをつくると、デザインに新しい視点を注入できるからです。
高木: 多様性の中でいかに新しい価値を見いだすか。弊社でも「ダイバーシティ&インクルージョン」という考え方で、外国人社員を含む人材の多様化を進めています。これまでのコンサルタントは、行政の黒子的な立ち位置で役所の方々とだけ接していればよかったのですが、今後、社会に対してサービスを提供していくにあたっては、より多様な人々との関わりが欠かせません。さまざまな感性とぶつかり合いながら、そこで新しい価値を提案できなければならない。そのために、弊社ではダイバーシティ&インクルージョンを推進しています。
隈: 新しい価値の提案という部分が、いままで日本の教育で欠けていたところですね。土木・建築の学生もこれまでは図面をきれいに仕上げれば点数をもらえると思っていた。しかし、これからは自分の提案をどう説明し、どう説得するかが重要になる。エンジニアリングの基本にあるのは図面ではなく、人間力なんだということがようやく理解されるようになってきました。
2020年までは、世界の注目が日本の都市に集まる時期です。まち全体をステージとして、さまざまなイベントをプロデュースしながら、日本を世界に発信していかなければならない。まさに日本の提案力が問われているのです。そこで、コンサルタントはサービスの提供者として、人々のコミュニケーションの輪の中心、対話を方向づけるその中核になって欲しいと思います。
高木: まさにその通りですね。私たちの仕事が個別最適から全体最適に移行するとき、その鍵は地域との対話の中にしかないと考えていました。従来の公平性・効率性重視という仕事のスタイルに加え、これからはより積極的に建物や都市の魅力を引き出すお手伝いをしていくつもりです。魅力あるまちづくりのためにこそ、建築家とコンサルタントが新しい次元でコラボレーションしていくことが必要だと思います。
隈研吾氏(左)
くま けんご ●1954年生まれ。隈研吾都市設計事務所主宰。東京大学教授。「根津美術館」「棟原・木橋ミュージアム」など、木材を使ったデザインは内外で高く評価される。2015年から新国立競技場の設計を手がけている。
高木茂知(右)
たかき しげのり ●パシフィックコンサルタンツ 代表取締役社長。
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