平山復二郎が残した実績

技術士制度の確立

技術士制度は「火曜会相談所」を組織し、欧米諸国の土木技術界に精通していた白石多士良と宗城の兄弟や平山復二郎らが、戦後の技術者のあり方について、欧米式のコンサルティング業、コンサルティングエンジニア制度の導入が不可欠であろうとの結論から導き出されたとされる。
(●ウィキペディア 「建設コンサルタント」の項目より引用/ウィキペディアの執筆者,2010,「建設コンサルタント」『ウィキペディア日本語版』,(2011年6月15日取得,http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88&oldid=33722734).)

技術士たらんとするものの資格であるが、その業務が、医師や弁護士などと同様、依頼者との信用、信頼関係で成り立つのであるから、業務を果たすための、自己の専門的な技術については、充分な智識と経験を持つのは、もちろん、技術者としての人格にも、欠けるところがあってはならない。(中略)技術者としての専門技術につき、豊富な実際の経験に裏付けられた、専門智識の所有者でなければならない。
技術士法が技術者間に、どの程度理解されているか知らないが、(中略)職業上の業務独占の特典は、何もないのである。要するに資格法でありながら取締法ではなく、名称独占による助成法にすぎないのである。
技術士への依頼は、技術士の技術的な専門智能に対する信頼が、根本であるから、技術士の選択を報酬額などの競争入札によるのは、およそ不合理である。どこまでも信頼する技術士とのネゴシエーション(協議)によらなければならない。早い話が、計画や設計のいい悪いは、技術者の数ではなく、技術者の質で決まるのである。(中略)常時大きな土木工事をやっている官公署や大会社などの技術陣容からは、当然、質の高い専門的な技術者が、育成されよう。そして、技術士制度が発達すれば、こういう技術者は、よし定年その他の理由で退職しても、技術を放棄せず技術士に転じて、技術に精進することになる。だから社会には常に現職にある技術者よりは、より質の高い技術者が技術士として存在する結果になる。
(●『随筆 土木建設に生きて』平山復二郎著 山海堂発行)

技術士制度の確立

丹那トンネル(延長8km、総工期16年、総工費約二千五百万円)

一体地中の工事で、相手は何だと一口に言えば、「水」と「土」の連合軍だということになります。(中略)「土」が崩れやすい土砂等になると、それに水が加勢したら、とても始末におえません。何とかしてこの水を追い払わねばなりません。
丹那トンネルでは、湧水に散々苦労した挙句、「水抜坑」を掘るということをやり出しました。(中略)有効だった水抜坑、一体どのくらい全体で掘ったかと言いますと、延長で、熱海口が二万尺弱、三島口が二万八千尺余りです。(中略)トンネルの延長が約二万五千七百尺ですから、倍近く掘ったことになります。
こんなに水抜坑を沢山掘って、一体トンネルから、どの位水をしぼったかと言いますと、大ざっぱに計算して、約二百億個というべらぼうな数字が出ました。これは工事着手から、貫通して地下水の水位がトンネルの盤迄さがる期間につき計算したのですが、まあ箱根芦ノ湖程度の湖を三つ位ほしたことになりましょう。
(●『昭和八年十二月 丹那トンネルの話』 鉄道省熱海建設事務所刊)

こういう大衆の生活に役立つ公共的な大構造物は、いずれは名を伝うべくもない多くの人間労働の結晶である。その運命はどうあろうとも、こういう物には「誰が造ったか解らないが素晴らしい」という無名の礼讃をささげたい。
(●『随筆 土木建設に生きて』平山復二郎著 山海堂発行)

丹那トンネル(延長8km、総工期16年、総工費約二千五百万円)

平山復二郎 プロフィール

  • 東京市本郷区で生まれる

  • 東京帝国大学工学部土木工学科入学

  • 鉄道院奉職、建設部技術課勤務

  • 鉄道省より米国留学(研究事項 隧道工事)

  • 鉄道省熱海建設事務所長

  • 社団法人相模カンツリー倶楽部理事就任

  • 鉄道省建設局長

  • パシフィック・コンサルタンツ・インコーポレーテッド(米国法人)副社長就任

  • ピーエス・コンクリート株式会社社長就任

  • パシフィックコンサルタンツ株式会社社長就任

  • 社団法人土木学会会長就任

  • 技術士法成立

  • 社団法人日本技術士会会長就任

  • 胃がんのため逝去(満74歳)

※●『平山復二郎君の思い出』
平山復二郎記念刊行会より作成